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あるちゅはいま日記

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花見はまだ先

今年の桜は早く咲いて早く散った、のだそうだ。
日本人にはやはり桜、お花見には宴会がつきもの。
宴もたけなわ、飲み干した1升びんを両手に持って始まるのが、
「よーか、よーか、よかちんちん...太ーいところがよかちんちん」
長かったり、黒かったり、硬かったり、と延々と続く。

お花見の起源は江戸時代に遡る。
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8代将軍吉宗が江戸の各所に桜を植樹して、庶民に花見を奨励した。
花見は春の日帰りレジャーとしてたちまち広がったのだそうだ。
桜が植樹されたのは、江戸の郊外の飛鳥山、隅田川堤、御殿山の3ヵ所。
いずれも吉宗が好んで訪れていたお狩場の近くだ。
鷹狩りで勢子役などで世話をかけている庶民への賜物だ。
そして、吉宗は自ら飛鳥山の花見に出かけて、誰もが身分を超えて花見を楽しめるようにと、家来と一緒に羽目を外して楽しんでみせたと、いう。
どうもそのころからの無礼講の伝統が続く、お花見だ。

このあたりには「ソメイヨシノ」の桜並木は無い。
ヤマザクラ、マメザクラ、ミヤマザクラ、ウワミズザクラ...と4月の終わりから延々と6月初旬まで次々と咲く。
静かに愛でる花見だ。






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by hanaha09 | 2018-03-31 14:53 | 田舎暮らし | Comments(0)

空は青くて夕日は赤い

太陽を見ると白っぽい、だが本当はいろんな色の光が交じり合わされているのだ。
その昔、ノーベル賞をもらった徳島大学の中村教授が青色LEDを実用化した。
それまでは緑と赤とか橙色のLEDしか巷には出回っていなかった。
青色LEDが出来上がったので混じり合わさった色、白色LEDが出来上がった。
新幹線や空港での出発時刻表示灯の文字が白くなった。
そして、空を見上げると真っ青な空が見える。
なぜだろうね。
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たくさんの細かいチリが浮遊している地球の空気層に太陽光が入ってくる。
波長の短い青い光は細かいチリにぶつかり、光があちこちに散らばっていく。
一方、波長の長い赤い光は細かいチリの間をすり抜ける。
青い光が空の上、あちこち散らばっているので、遠くから見ている私達には空が青く見えるのだ。

ところが、青かった空が夕方には赤く見える?
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太陽は沈むにつれて、太陽の位置が真上から横に移動する。
そうすると、太陽光の空気層を通る距離は、真上に比べて横の方が距離が長い。
いままで細かいチリの間をすり抜けてきた波長の長い赤い光も、細かいチリにぶつかり散らばり始めるのだ。
青い光は波長が短い為、遠くまで光は届かず、夕方には赤い光のみが散らばった空が目にうつる。
真っ赤か、の夕日の秘密だ。
厚い空気の層を通っても長い波長の赤い光は、散乱されにくくて 遠くまで伝わる性質がある。
光通信でも光ファイバーの中での散乱を少なく遠くまで伝わるように、少し波長の長い光を使っているのだそうだ。
赤い光がケーブルの中を走っているのだ。
元気の出るお楽しみ画像もうれし恥ずかし、まかっかってことだ。


















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by hanaha09 | 2018-03-30 20:42 | 田舎暮らし | Comments(0)

ビールが旨いねぇ

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雪が消えて、落ち葉を集めて野焼き。
ひと働きすると汗が出るねぇ。
気温が20℃まで上がった、これはもう夏の勢いだ。
まだ昼前だがビールをちょっと、ビール瓶はハートランドビールだが中身は違う。
ナッツブラウンエールビアだ。
右の湯飲み茶わんの中身はこの春に採れた和田島産のシラス干し、これがまた旨いね。
さてさて、ナッツブラウンエールビアとは。
ブラウンエールは数百年前から作られているビールだ。
ビールの色は濃い琥珀色、少し甘いナッツの風味、これは焙煎された麦芽によるものだ。
少しアルコール度を高いものにする、そしてちょっと苦みのあるハラタウというホップを使う。
スタウトよりも風味はまろやかだ。
最近は補糖の代わりに麦芽を使う、麦芽の値段が高いし、仕込みに手間がかかるがなんとも風味が良い。
それにクリアなビールに仕上がる。
そして、もう一つ。
同じように作っても出来上がったビールの風味、味はことごとく違う、不思議なものだ。
自分の好みに合った香り、味が出来上がった時には胸がどきどきする、初恋のようだ。
自家醸造の勧めだ。
日本国内では、1%以上のアルコール度数のビールを自家醸造するのは酒税法違反。
仕込みの際の計算は難しいのだが、くれぐれも慎重に!
頭がクラクラしてきたねぇ。













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by hanaha09 | 2018-03-29 17:41 | 田舎暮らし | Comments(0)

ザゼンソウが咲いた

4,5日前に見に行ったがまだ雪の中だった。
昨日今日の暖かさでぐわっと出てきたのかもわからない。
ザゼンソウだ。
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谷あいの湿地に育つ。
おかげで泥沼に長靴がすっぽと入って、抜けなくなった。
手をついたら肘までずっぽり、泥まみれになった。
僧が座禅をしているように見えるから座禅草、春の使者の一つだ。
まだこの季節には虫たちは少ない。
少ない虫を寄せ集めるためにこの花は努力を重ねる。
まず、この苞自体が発熱する、30℃にもなるそうだが触ったところそんな温度にも思えない。
普通の気温程度だった。
そして、悪臭を放つ。
この二つの作用で虫たちを集めて花粉を伝搬してもらう。
いつも鼻を花に近づけて匂ってみるが...言われている悪臭がどんなものかいまだわからない、匂わないのだ。
不思議な花の一つだ。
そして、水辺には水芭蕉も咲いた。
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このところの朝の冷え込みか、白い花弁の先っちょが少しいたんでいる。
ちょっと残念。
ザゼンソウもミズバショウも同じサトイモ科の植物。
白いのも赤っぽいのも苞という、花ではない。
花は苞の中にびっしり集まった黄色い小さなやつだ、花茎というそうだ。









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by hanaha09 | 2018-03-28 17:35 | 田舎暮らし | Comments(0)

草軽電鉄ファン

こんな案内看板が群馬銀行嬬恋支店横の駐車場の奥のサクラの樹の横にひっそりとできていた。
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このあたりは草軽電鉄の上州三原駅の跡地だ。
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ちょうど赤い車の止まってるあたりは草津温泉方面への線路跡。
有りし日の上州三原駅。
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今あるサクラの木なんてのは見えない。
線路撤去後にこのプラットホームの端に証として植えられたものかもわからない。
あちこちに残されている草軽電鉄遺構にこんな案内看板が一杯できれば...
隠れ草軽ファンも結構居るのだ。









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by hanaha09 | 2018-03-27 19:11 | 田舎暮らし | Comments(0)

ふきのとう

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「草の戸に 春は来にけり 蕗のとう」 一茶
このあたりにもようやく「蕗のとう」が出てきた。
雌花が黄色で、雄花が白と言われているのでこれは雌。
てんぷらがおいしい。
ほろ苦さにほのかな甘みがある。
雪が多いと苦みが少なくなるそうだ。
遠いふるさとを思い出す香りだ。
幼少の頃には苦手な苦みだが、歳を行くにつれこの苦みが遠い昔を思い起こす。
春の山菜には多くのパワーがついてまわる。
香りの成分はフキノリド、これには胃腸の働きを良くする健胃効果がある。
苦み成分はアルカノイドとケンフェール、アルカノイドは肝機能を強化しケンフェノールは発癌物質を抑制する。
多く含むカリウムはナトリウム(塩分)を排泄する役割があり、高血圧に効果がある。

このまま採らずに置いておくと、背丈が高くなって「薹が立つ」。

「薹が立つとは、若い盛りの時期が過ぎる。年頃(多くは婚期)を過ぎる」と言われる。

この蕗の薹は「薹が立って、枯れる寸前」のジイサンにも元気を与えてくれるかなぁ。


 




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by hanaha09 | 2018-03-26 17:21 | 田舎暮らし | Comments(0)

春うらら

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春霞の向こうには毛無峠の山々、鎌原からの眺めだ。
雪の積もる白いあたりが標高1823mの毛無峠、右2,160mの御飯岳だ。
夏にはこんなところだ、冬はここまでの道路が通行止めになるので行けない。
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この辺だけ雪が多いのはなぜ?とよく聞かれる。
南側にある破風岳と御飯岳の間にある大きな鞍部は長野県側からの強風が通り抜ける。
これらの山の火山活動が停止したあと、裸地の状態が続き、せいぜいガンコウラン・コケモモ・クロマメノキなどが張り付くように植生地帯ではあった。
しかし、ここは昔の小串硫黄鉱山跡、最盛期には1,500人近くの人々が暮らしていた。
稜線から群馬県側にくだると一面の笹原になるが、これは昔からの自然植生ではなく、小串鉱山の硫黄製煉による煙害で高木が立ち枯れし、現在の姿になったものだという。
昭和12年の11月にはこの小串鉱山を大きな地滑りが2度にわたって襲った。
従業員宿舎、学校などが押し流され、その影響で火薬庫も爆発、死者245名、負傷者32名を出す大災害となった。
この地すべりの原因について、ある専門家は、「硫黄製煉の排気ガスによって樹木が枯れ、山地の保水能力が失われたためであろう。」と指摘している。
閉山からすでに45年、半世紀近くにもなる。
今も一面は笹原、ほんの一部にシラカバなどの植生が復活しつつあるのみだ。
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遠くに見える白い雪も樹木の無い笹原、故の景色だ。
山の叫び声が聞こえてくるようだ。





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by hanaha09 | 2018-03-25 18:35 | 田舎暮らし | Comments(0)

武士の門限

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「銭のない非番は窓へ顔を出し」
休みでも金がない、遊びに出られず、ただただ外を眺めるだけ。
そんな武士の様子を詠んだ、今でいうサラリーマン川柳だ。
もともと「侍は本来戦いをする」という大きな使命があった。
江戸時代に入り、長き戦乱の時代は終焉を迎え、武士はすることが無くなった。
ある紀州藩士の登城勤務日誌がある。
6月は6日、7月は0日、8月は11日、9月が11日...小学校の夏休みのようなものだ。
そして、たいていは午前中だけの勤務、昼からは家に帰って一休み、二休み。
江戸は物価が高い、する事も無い、ただただ窓辺で過ごすことになる。
とはいえ、武士には24時間体制で非常時に備えなければならないという大変な役目があった。
泰平の世の中でそんな臨戦態勢を取る必要があったのかどうかは別にして、これが武士の建前であった。
江戸の武士には、例え妾の家でも、吉原での外泊もままならず。
午後6時までに帰らないと門は閉ざされた。
庶民の間には大旅行ブームがやってきた。
お伊勢参りだの、草津温泉巡りだの...色々楽しんだ。
武士にはたまの息抜きの一泊温泉旅行さえかなわなかった。
「武士は食わねど高楊枝」にも見える武士の建前。
特権階級とは考えられたが、結構大変窮屈な武士という職業であったようだ。

今日もサンデー毎日の暇を持てあまし、雪景色を窓から眺める武士でも何でもないジイさんだ。



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by hanaha09 | 2018-03-24 21:09 | 田舎暮らし | Comments(0)

浅間山はまた雪

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浅間山がまた真っ白になった。
こんな感じで畑仕事を始めるサインとなる「逆さ馬」の模様が見えてきてたのに。
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このところの浅間山は結構静かになってきた。
火山ガス(二酸化硫黄)の排出量は200t/dと少なくなってきた。
噴煙の高さは観測できないくらいになった。
と、いって安心はできないのだ。
まだ、火山性地震の回数は100回近く、南麓の塩野山付近の地殻の膨張は以前進んだままだ。
噴火の際の噴出物の熱による」融雪なだれも心配だ。
六里ヶ原に融雪なだれ被害防止の砂防ダムが出来上がりつつあるが...
我が家の方面には全く防災施設はない。
般若心経を唱えて祈るのみ。
が、般若心経も最後まで覚えてない、これは困ったことになりそうだ。










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by hanaha09 | 2018-03-23 17:07 | 田舎暮らし | Comments(0)

さんごの滝

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いつの時代かわからない。
ある時、大蛇が鎌原の村の下に来て、人畜を悩まし人々はおそろしさにふるえあがっていたそうな。
鎌原の殿様の家の下男、三五郎がこの大蛇を追い詰め、見事に仕留めた。
その鱗のあまりにも美しさにひかれ、数個の鱗を持ち帰ったという。
後に、松代にある鎌原家へ持参し、今も松代に伝わっているという。
松代では真田家三代に仕えた鎌原桐山(かんばらとうざん)が主席家老として勤めていた。
門人の一人に佐久間象山が居た。
三五郎の大蛇を仕留めた場所には滝があった。
鎌原の村人たちはこの滝をさんご(三五郎)の滝と呼んでいる。



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by hanaha09 | 2018-03-22 23:16 | 田舎暮らし | Comments(0)