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あるちゅはいま日記

hanaha09.exblog.jp

2018年 02月 22日 ( 1 )

平昌の荷物持ち

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群馬の地元新聞、上毛新聞に掲載されていた。
もう世界でも最も有名になった女子1,500mスピードスケートで銀メダルを勝ちとった高木美帆選手、その横にいるのがかつてのスピードスケートのスター選手であった黒岩彰氏、首にかかっているのがどう見ても高木美帆選手の名札。

世界スプリント選手権で2度の総合優勝、全国民の期待のかかった1984年のサラエボでの冬季オリンピックスピードスケート選手だ。
報道陣には常に「メダルメダル」の質問攻め、ふるさとの嬬恋村には十数台のテレビ中継車がやってきたそうだ。
サラエボの空港に着いた時、この世界一のスケーターはメダリストへの重圧で不安から恐怖に震えたこともあったそうだ。
10位に終わったサラエボからは一人だけの孤独な闘いが始まった。
練習から参加登録から遠征先へのチケットから滞在先まですべて一人、何でもやった。
次のカルガリーまでの4年間、自分ではやれることを100%やってきた。
この俺を抜く人がいたら、僕は心から祝福してあげたいと思って、スタートラインについたそうだ。
こんな大きな成長がメダルをもたらしたのだった。
「オリンピックは自分のやれる限りのことをやる、最高のポジションで、最高に自分を鍛えられる場所だと思う」と締めくくっていた。

黒岩彰氏の平昌オリンピックでの今の役目は総務担当、「何でも屋」だ。
選手たちの報道対応に、移動や食事の手配などと、幅広くて忙しい。
オランダ出身で、日本代表を指導するヨハン・デビット・コーチの憧れの存在でもある、といわれる。
日本選手の大活躍も、彼らを縁の下で支える素晴らしい裏方役が居てからのこととも思われる。
選手・コーチ・スタッフとして8回目の平昌オリンピック、「ようやく楽しみと感じるようになった」と、黒岩彰氏は語っている。











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by hanaha09 | 2018-02-22 11:43 | 田舎暮らし | Comments(0)