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あるちゅはいま日記

hanaha09.exblog.jp

2018年 02月 17日 ( 1 )

西洋画のような北斎

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日本に西洋医学を伝えたドイツ人医師、シーボルトが持ち帰りオランダのライデン国立民族学博物館が所蔵していた絵画が6枚あった。
和紙に江戸の街並みを描いた風景画で大きさは横約40センチ、縦約30センチ。
タイトルはなく、「日本橋」「品川」などを題材に人々や川、橋、富士山を描いている。
遠近法に加え、船が水面に映る様子や影、大きく描かれた空は当時の日本画にはない西洋画の特徴という。
今まで、オランダの博物館員は「西洋人が描いたと思っていた」そうなのだ。
しかし、シーボルト直筆の作品の目録をシーボルトの子孫が所蔵しており、研究員などのチームがその目録と照らし合わせたところ「北斎が我々のスタイル(ヨーロッパのスタイル)で描いたもの」という記述が発見された。
江戸の浮世絵師、北斎の肉筆画の可能性が限りなく高くなったそうだ。
シーボルトは江戸参府紀行の中に、「出羽の国、秋田付近ではフキはもっと大きくなるということで、日本画家北斎は彼の画集の中で、農夫がフキの大きな葉の下、雨宿りしている有様を描いている」とある。
シーボルトは北斎に大いなる興味を引いていたようだ。
そして、北斎がシーボルトと会ったのが1826年とみられ、シーボルトの持ち帰った水彩画は北斎が60歳を超えたころの作品とみられる。
この年になり、西洋の画法を貪るように取り入れた。
「私は絵を描く気違いである」と宣言し、名前を“画狂老人卍”と称した北斎でもあった。









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by hanaha09 | 2018-02-17 21:01 | 田舎暮らし