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あるちゅはいま日記

hanaha09.exblog.jp

2018年 02月 16日 ( 1 )

江戸の酒合戦

どこかの国ではスポーツの祭典がにぎやか。
江戸時代にはスポーツなんてのは無かった。
相撲は神技、剣道・柔道は武芸、速足・水隠は忍術、羽子板は遊び...
でもいろんな競争、合戦はあった。
江戸時代、文化十二年(1815年)のこと、江戸の千住の宿で「酒合戦」なるものが開かれた。
千住の宿の諸家飛脚宿、中屋の隠居六右衛門の還暦祝いの余興に「酒合戦」を開くことにしたのだ。
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大田蜀山人(当時の狂歌の第一人者)はこの合戦の模様を実況レポート、谷文晁(松平定信に仕えた絵師で弟子には渡辺崋山等)がこの模様を絵に描き、亀田鵬斎(書家であり儒学者であり、天明の浅間押し出しの際には所蔵の蔵書をすべて売り払い避難民の救済金とした)が漢詩を書くという、大勢の文化人達が参加した。
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会場には五合入る「厳島杯」から三升盛った「丹頂鶴杯」までの六種類のさかずきが用意された。
これを小さい杯から順に開けてゆき、飲み干した合計を競うという合戦だ。
金メダルに輝いたのは、千住の宿の住人松堪。
「厳島杯」から「丹頂鶴杯」まで六つの杯すべて呑み干した、合計なんと九升と一合。
変り種は新吉原の住人、大門長次、彼は水、醤油、酢、各一升を酒一升を混ぜて飲み干したらしい。
また、飛び入り参加の通りすがりの会津の旅人河田某は酒六升五合を飲み干し、まだ立ち寄るところがあるので急がねばならず三升いりの「丹頂鶴杯」を飲めないのが残念と言って立ち去ったそうだ。
各競技者が四人の芸妓にお酌をされて次々に杯を空ける、この模様を審査員である文化人達が即興で絵に描いたり、実況レポートを書いたり、漢詩を作ったり...
訳の分からぬフィギュアの採点やら、曲芸まがいのスノボやら、フランスのペタンクみたいなカーリングなどよりよっぽど面白そうだ。








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by hanaha09 | 2018-02-16 16:32 | 田舎暮らし | Comments(0)