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あるちゅはいま日記

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山の名前

上州と信州はあんまり仲が良くない。
浅間山麓、六里が原の国境問題は民話にも残っている。
浅間の入会山は草刈、材木伐採などではいつも争いが絶えなかった。
江戸時代に入って、将軍直属の代官が小浅間山と鷹繋山を境とすることを決めて石のお地蔵さんを境界の印に並べた。
ところが毎年冬が過ぎるとともにお地蔵さんが少しづつ上州側に歩いてきた。
上州の衆と信州の衆がさんざん問答を繰り返したが上州の衆は信州の衆のお地蔵さんが決めてだ、ということで押し切られた。
其処が北軽井沢にある押切場、そして上州側にお地蔵さんが歩いてきたところを横領地と呼んだ。
今もある北軽井沢の別荘地王領地とはこの横領地のことなのだそうだ。
実はどこかはわからないが嬬恋村と長野県側で県境が定まってないところが存在するのだそうだ。
こんな仲なので国境沿いにある山の名前もなかなか難しい。
浅間山の外輪山となる黒斑山、嬬恋村では三ツ尾根の嶺と呼ぶ。
そして日本百名山の一つ四阿山、この山は嬬恋村では吾妻山なのである。
確かに元禄国絵図には両者とも嬬恋村の主張する名前で記されており信濃国でも同名とある。
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いつ、どこで山の名前がすり替わったのか?
上州には上野三碑にみられる様に古代から最先端技術集団都市を擁していた。
群馬県は現代の自動車のごとく重宝された馬の産地から発した地名だ。
こんな歴史の誇りがこんな立て札にもうかがえる群馬だ。
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by hanaha09 | 2018-07-01 18:21 | 田舎暮らし | Comments(0)
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