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あるちゅはいま日記

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夢の架け橋

四国は大きな島だ。
阿波の国、徳島は東の端にある。
大都市大阪には一番近い。
昔からテレビは大阪の生駒山頂からの電波を受信していた。
商圏は関西、洋服屋の名前は四国衣料ではなく、関西衣料だった。
いろんな物の仕入れには船で行き来した。
夜中に船に乗ると翌朝朝早く、大坂の天保山桟橋につく。
この貨物混載の汽船は遭難事故が皆無ということは無かった。
犠牲者の数も少なくはない。
そうこうしてるうちに、トラックによる貨物輸送が盛んになってきた。
四国と淡路島、淡路島と大阪及び神戸とつなぐフェリーが登場した。
このフェリーがお盆、年末年始には大混雑した。
夕方から明け方まで待ってようやく乗船できる、こんなのは普通の事で誰も怒ったりすることは無かった。
ちょっと嵐が来たりするともう大変だ。
県民にとっては四国と大阪に横たわる鳴門海峡と明石海峡に架かる橋はまさに「夢の架け橋」だった。
昭和60年(1985年)の6月8日には、全長1.6kmの鳴門大橋が開通した。
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そして、全長3.9kmの明石海峡大橋が開通したのが平成10年(1998年)。
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四国と関西が陸続きとなった。
神戸から徳島市内まで車で飛ばすと2時間弱、大阪からバスでは3時間、行き先はあちこちで10分から15分ごとの出発、なんと一日117便。
軽井沢から嬬恋に往復するバスは一日5便、15時が最終。
日露戦争、生き残りのじいちゃんが生きてたら、おったまげるだろうなぁ。










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by hanaha09 | 2018-06-08 19:56 | 田舎暮らし | Comments(0)
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