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あるちゅはいま日記

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ジャガタラ薯の続き

ジャガタラ薯は春になると芽を出してしまうんで、しまってはおけなかったんだと。
天保十年、松本源吉ちゅう人が薯の団子が出来ねえかと思って、薯をつぶして丸めて焼いたりゆでたりしたがうまくいかなかったんだと。
色々考えて薯をおろして桶に沈めて、沈んだ下の良い所を水でさらして天日で干すと薯の粉ができることを発明したんだと。
この仕事は冬の寒ざらしでねえと腐るんで、田代の衆は冬が来ると村中で薯の寒ざらしをして粉をつくったんだと。
この粉にお湯を入れてかき混ぜたいも熱湯や蕎麦粉と混ぜて焼いたせんべえが近郷近在で評判になり、買いに来る商人や他の村の人が増えてきたんだと。
この粉は片栗の根っこと色も味も似ているから片栗粉(別の話では加太久利粉とも書かれた)と名付けて、上田や小諸で売り出したんだと。
繁盛して天保十九年には二十六も売れたんだと。
二百匁を袋にして銀四匁ちゅうから今なら二千五百円くれえになったんだと。
田代村の衆は片栗粉を売って、米や魚や着物を買ったんだと。
天保の飢饉、明治の飢饉のときもこの薯のおかげで生き延びられたんだと。
ジャガタラ薯は田代村にとって本当の命の糧として今も作られ、片栗粉も昔ながらのやり方で作り継がれているんだと。
今日はイワカガミの花も咲いただんべ。
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by hanaha09 | 2018-05-13 12:37 | 田舎暮らし | Comments(0)
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