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あるちゅはいま日記

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桟敷山に大前...

平安時代末期に生じた6年間にもわたる大規模な内乱があった。
赤旗を掲げる平清盛政権に対する関東を中心とする白旗を掲げる源頼朝たちの反乱の戦いであった。
京都で源義経に敗れた木曽義仲は東へ東へと逃れてきた。
信州と境する上州の三原地区にも義仲の落人がやってきた。
上州民話には...
「まだ村の名前もねえ遠い昔になぁ、浅間山山麓の六里ヶ原と長野原と河原湯の三つの原を三原野って言ったんだと。
ここは武士の軍馬を育てるでっけぇ牧場だったんだと。
わしらの祖先の仕事だったんだ。
源平の合戦も終り、木曽義仲の残党がこの三原野にもいっぺえ逃げて来たんだと。
そして、時の将軍源頼朝も千人の武士を連れ、その残党を追ってでっけぇ巻き狩りを一月も二月もしたんだと。
巻き狩りは獣や鳥を追い出すもの、逃げねぇように網を張るもの、馬に乗って弓矢で射つ役目のものを決めて、わぁわぁと狩りをしたんだと。
将軍は見晴らしの良い山の上から眺め、号令をかけたんだと。だからこの山を「桟敷山」と呼ぶようになったんだと。
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それから将軍の何百頭という馬を飼う場所を干俣川と吾妻川のぶつかるところが草も水も豊富で、そこに馬小屋をいっぺぇ作ったので大厩(おおうまや)と呼んだのが今の「大前」の始まりなんだと。
とまだまだ続く。

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by hanaha09 | 2018-05-08 09:22 | 田舎暮らし | Comments(0)
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