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あるちゅはいま日記

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やまらのおろち

日本書紀にはこう記されている。
『素戔嗚尊(すさのお)は天より降って出雲の國の簸(ひ)の川上に到った。
川上で泣き声が聞こえた。
脚摩乳(あしなづち)と手摩乳(てなづち)という老夫婦とその娘奇稲田姫(くしいなだひめ)だった。
この夫婦にはもともと八人の娘がいた、が、毎年一人ずつ八岐大蛇(やまたのおろち)という怪物に食べられてしまい、末娘の奇稲田姫だけになってしまった。
奇稲田姫ももうじき食べられてしまうので、悲しくて泣いていたのだという。
素戔嗚尊は、「八岐大蛇を退治する代わりに奇稲田姫を嫁に欲しい」と申し出た。
老夫婦に八回醸した酒を作らせ、八面に塀を立て、各々一つずつ樽を置き、酒を盛らして待った。
やってきた大蛇は酒を飲もうとして、頭を各1つの樽に入れて飲み、酔って眠ってしまった。
そこで素戔嗚尊は十握剣(とつかのつるぎ)を拔いて、ずたずたに八岐大蛇を斬って退治した。』
素戔嗚尊は奇稲田姫とともに結婚の地を探して、出雲の淸地(すが)を訪れ、宮を建てて暮らしたということだ。

江戸時代になって、浮世絵師勝川春章は『百慕々語(ひゃくぼぼがたり)』を描いた。
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江戸時代の夏の定番遊び「百物語」という怪談トークショー(怪談を100話語り終えると、本物の怪が現れるとされる。但し99話で終わって朝を待ったらしい)のもじりで、「慕々」とは女性のアレのこと。
古典と妖怪とエロをコラボさせた『百慕々語』、その一つがこの絵。
「やまたのおろち」は「やまらのおろち」に、「くしいなだひめ」は「いやだひめ」に、8つの酒甕は「慕々」になっている。
古典や伝説などのパロディがたくさんある浮世絵だが、元ネタを知らなきゃ面白くもなんともない。
江戸の庶民たちに古典などの知識が広く知られていた一つの証拠であろう。












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by hanaha09 | 2018-04-06 12:10 | 田舎暮らし | Comments(0)
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