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あるちゅはいま日記

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房事養生鑑(ぼうじようじょうかがみ)

江戸時代には夜の灯りのための「菜種油」が盛んに用いられるようになった。
北信州の千曲川沿いに菜種が多く栽培されていた。
長野の須坂に拠点を構えていた豪商、田中家はこの菜種油の商いで財を成したとも言われている。
この菜種油はもっぱら運送経路の短い信州須坂から鳥居峠、嬬恋村を経て江戸へと運ばれていた。
この信州街道は別名「油街道」とも呼ばれていた。
しかし、江戸庶民にとってははるばる馬の背で運ばれてきた菜種油は結構高価なもの、たいていの長屋住民は日の暮れと共に床についた。
長い夜を過ごすには江戸町民は精力を酷使したようだ。
そのうち、生活が安定したためか、体をいたわり長生きのために養生法が唱えられ、健康への関心が高まってきた。
そして江戸後期、歌川国貞画といわれる『飲食養生鑑(かがみ)と房事養生鑑』の錦絵が人気を博した。
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これは臓器の働きを擬人化して、体内の様子をコミカルに描き表わしたもの。
当時、悪い病気は飲食と房事(性生活)の不摂生で起こる、と考えられていたことから、その二つを正して健康に長生きしよう、といった趣旨で描かれたものだそうだ。
特に、腎は精神の宿る命門であるという。
精子はここで造られると信じていた。
子孫を求めるための肝要の器官である。
腎を大切にするには房事にふけらず、身をつつしみ、養生をせよという。さもなければ腎虚(房事過度などのために衰弱すること)になる、と。
そして、江戸の学者、貝原益見は著書「養生訓」で、
・20代では4日に1回
・30代では8日に1回
・40代では16日に1回
・50代では20日に1回
・60代では性交しても射精しないほうが良い、どうにも元気な人は月に1回程度…
と、たしなめている。
古代の神様といい、大江戸町民といい、さすが日の本の先達たちの元気・活力には脱帽でございます。
わが身を振り返って思ったこと...
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by hanaha09 | 2015-03-29 09:48 | 田舎暮らし | Comments(0)
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