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あるちゅはいま日記

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沢庵

昔の弁当、おにぎり、駅弁にまで入っていたのがこのたくあん。
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蓋を開けるとそこら中一杯に匂いが漂う。
近頃の沢庵はあんまりにおいがしない、あの匂いはいったい何だったんだろう。
沢庵は、干したダイコンを米糠と塩を混ぜた床の中に漬けて作る糠漬けの一種。
耐塩性の酵母が作り出す酢酸エチルや乳酸エチルが醸す果実臭と、ダイコンの辛味成分の分解物であるメタンチオールやジメチルスルフィドなど硫黄化合物などなのだそうだ。
元が大根とは想像がつかない日本を代表する発酵食品の一つだ。
沢庵漬けと言えば、沢庵和尚の名が誰にも浮かんでくる。
沢庵和尚は江戸時代初頭に活躍した臨済宗の高僧であった。
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幕府の宗教行政に反旗を翻し流罪になったりしたが、徳川家光の帰依を受け品川に東海寺を創建してそこに住んだ。
ある日、沢庵和尚は、徳川家光より「和尚、余は近頃何を食べても、 味がなくて困る。なにか口に合うものがあれば食べさせてくれ。」と求められた。
「それはおやすい御用でございます。明日午前10時ごろ、拙僧のところへおいでください。」、と。
家光は喜んで帰り、翌日家光は沢庵のところへやってきた。
時は12月、夜明けごろ降り出した雪で一面の銀世界であった。
沢庵は家光を茶室に案内し、「しばらくお待ちを。」と引き下がってしまった。
ところが待てど暮らせど一向に和尚は出てこない、午後の3時になっても現れない。

家光が腹が減って目が回りそうになった頃、和尚が出てきて、
「遅刻致し恐れ入ります。沢庵手製の料理、何卒ご賞味ください。」
と、御膳を差し出した。

そこには黄色いものが二切れ皿に乗り、ご飯に湯がさした椀が添えてあるばかり、 他には何もない。

家光は腹が減ってたまらない。

「和尚、馳走になるぞ。」と大急ぎで椀を抱え込み、カツカツと食べ出した。

「おかわり。」

そして、「時に、和尚。この黄色いものは一体何であるか。」と問うと、「それは大根の糠づけでございます。」と沢庵は答え、こう付け加えた。

「上様は征夷大将軍という御位、人間の富貴この上なく、されば結構なるものを毎日お膳に供えて、それに口がなれて旨味がございませぬ。つまり口が贅沢になっているからでございます。 故に今日、空腹待ち、かような粗食を差し上げたのでございます。」

上様は怒りもなく、「美味じゃ。」と。

後日、家光は沢庵を招き、貯え漬けならぬ「たくあん漬け」として一般にもこれを貯えさせた、ということだ。
沢庵漬けは江戸の侍たちの多くを救った。
糠漬けの糠から吸収されるビタミンB1が多量の白米を食べることによる脚気を予防したのだ。
昨今、巷にあふれる様々な食べ物、これでもかと言うほど出て来るどこぞやらのシェフ...
美味で、おいしくて、健康的なものはすぐ身近にあるのを忘れているのではなかろうか。
今日は沢庵和尚の忌日、沢庵忌だ。














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# by hanaha09 | 2017-12-11 16:39 | 田舎暮らし | Comments(0)

ハクチョウの来る湖

北軽井沢から長野原に至る国道146号線を北へ向かうと応桑に出る。
信州街道の関所が設けられていた宿場町だ。
長野原町西中学校のちょうど前にある四阿山を望む応桑用水調整池だ。
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今ここに羽を休めているのは野生のカモだろうか?
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と、思うと向こうの方から優雅に泳いでくる一羽。
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コハクチョウなのだそうだ。
このコハクチョウは、ユーラシア大陸(ツンドラ地帯)からシベリア、北海道を経て、長野原町までやってくる。
時々、北アメリカ大陸の北極圏からやってくるのも混ざることもあるらしい。
その移動距離はなんと4,000km。
この地で越冬、2月下旬~3月中旬頃また北海道を経て、シベリアもしくは北アメリカまで帰っていく。
この一羽だけではちょっと寂しい年になりそうだ。








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# by hanaha09 | 2017-12-10 12:27 | 田舎暮らし | Comments(0)

まぼろしの軽便鉄道

「航空機増産につながる嬬恋乙女も」上毛新聞昭和19年12月8日
ドーン、ドーン、初冬の天心を突き破る太鼓の始業合図は午前八時全山を圧し遠く浅間高原鬼押出の山気を揺るがすー上信鉱山の鉱石(ハロイサイト)採掘の岩山に挑むたたかひはかくして太鼓の合図で火ぶたが切られる...

「上信鉱山を 飛機増産に直結する」上毛新聞昭和19年9月30日
敵米の熾烈な航空侵攻(中略)太平洋戦局愈々最終の決戦段階に入った(中略)「一機でも多く 」の同朋勇士の血の叫びに応える航空機増産に直結する我々の仕事(中略)鉄道建設興業株式会社の直属として長野原駅から草津電鉄嬬恋駅まで凡そ〇キロ、上信鉱山専用側線の建設に文字とおりの突貫行程を急いでいる佐藤工業株式会社(本社富山市)...

(注)記事の中におよそ〇キロ、とあるのは当時の情報統制のためと思われる。

長野原駅を起点とする国策的な2路線の鉱山専用鉄道が、昭和19年を前後に建設された。
一つは群馬鉄山からの索道の終点でもあり焼結工場のあった六合村太子に至る全長6kmの長野原駅専用側線、いわゆる太子線。
もう一つは上信鉱山寄りの索道の終点、草軽電鉄嬬恋駅付近までの全長11kmの上信鉱業専用の軽便鉄道であった。
太子線は終戦前に完成、群馬鉄山の鉱石の輸送に活躍した。
上信鉱業専用軽便鉄道は未完成のまま終戦を迎え建設は中止となった。
新聞記事にも見られるように、嬬恋村干俣地区にある上信鉱山で採掘されるハロイサイトに含まれるアルミ成分からの航空機用アルミニウムの大増産が目的だった。
上信鉱山で採掘されたハロイサイトは索道で仁田沢集落まで運ばれ、省営トラックで草軽電鉄嬬恋駅まで、草軽電鉄に積まれて軽井沢、国鉄に再び積み替えられて運ばれていた。
鉱山から草軽電鉄嬬恋駅までの索道建設と合わせ、輸送能力の強化を目指したものだ。
名前もついていない未完成上信鉱山専用側線の遺構を訪ねてみた。
出発点はJR長野原草津口駅:駅・駅前整備工事が今だ続いており日々様相が変わる。軽便鉄道から国鉄に積み替えるホッパーなども計画されていたに違いない。
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長野原駅から0.5km地点:白砂川が吾妻川に合流する地点だ。戦国時代には上杉勢、武田勢の戦いがあったと言われる深い谷がある。ここをどういうふうに渡る計画だったんだろう?と眺めていると右岸側にかすかに石積みがみえた、たぶん橋台であろう、左岸側にも竹藪の中に石積みの痕跡が。手前のアーチ橋は東京電力発電用水の水路橋、緑のトラス橋がJR吾妻線、その上が新しい道路橋、この上流側に旧太子線鉄橋が今も残っている。
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長野原から1.9km地点:吾妻川畔の絶壁をトンネルで超えた。トンネル出口の跡。
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このトンネルの中を覗いてみた。素掘りのままでまだ未完成のような感じ。手前、後から作られたと思われる用水路はすぐ右にトンネルから出ている。
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嬬恋方面に続く線路敷跡。左の石積みは当時のもののようだ。
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3.6km付近、遅沢川を渡ろうとした大橋脚群、笹が深くて近寄れない。
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6.6km付近国道横にある、オツムギ川を渡る橋梁橋脚。
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8.3km付近、今井発電所の裏にも橋台が。発電所の配水管前に橋を渡す計画だったようだ。
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8.9km付近、このあたりで吾妻川を右岸にわたる。道路横の林の中にも橋台が。
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吾妻川を右岸に渡った9.7km付近、ここも断崖絶壁をトンネルで超えた。トンネル出口が山際にぽっかり。
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中は未完成で仕上げができていない、一部は崩れているので危険。トンネルから外の景色はこんな感じ。ここにも守護神であろうか、ニホンカモシカが。
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そしていよいよ終点に近づき10.1km付近で小熊沢を渡る。民家の裏にも石積みの橋台の跡。
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終着点となる草軽電鉄嬬恋駅跡付近、索道の鉄塔跡が奥の左小高い所に今もあるということだが未確認。
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軽便鉄道線路敷はほぼ完成してたようだが、一部橋脚、線路までは未完成、一方鉱山から嬬恋駅までの索道は完成していたものの駅周りの貯鉱場等は手が付けられていなかったようだ。
そして、昭和23年6月、「上信礦業株式会社」所有のこの未完成の軽便鉄道嬬恋ー長野原間を草軽電鉄が買収、同時に長野原から新鹿沢温泉間の23.1kmの地方鉄道の免許を申請した。
その後、免許申請の許可があったとも何とも情報がないままだ。
もし、この延伸計画が実現してたら、吾妻川の景色を見下ろしながらのトロッコビール列車が誕生してたかもわからない。
残念だ。



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# by hanaha09 | 2017-12-09 20:45 | 田舎暮らし | Comments(0)

光触媒

家は山小屋風に屋根は吹き抜け、恰好は良いんだが...
天井まではとても箒(3段のスライド式に伸びるのを買ったんだが)は届かない。
ストーブを焚くと上の方でゆらゆらするものが一杯ある、くもの巣だ。
いろんな人にどうしてるの?って聞くのだが、明確な回答はない。
唯一明確な答えがあったのが「上は見ないこと」。
それよりも困るのが、南側の2階くらいの高さについてる窓ガラス。
すぐ汚れる、冬は太陽が射し込むので余計に汚れが目立つ。
最初の年は梯子をかけて手を伸ばして拭いてたんだが、梯子がずれて下までどてんと落ちてしまった。
それ以来9年間ほど、窓ふきはしていない。
どうすべかなぁ、なんて思ってるとこんな記事がニュースに出あった。
"世界に誇る日本発のクリーン技術"、今年天皇陛下から「文化勲章」を受賞したいう藤島東京理科大学学長のインタビューだ。
「私の50年にわたる光触媒技術研究が評価されたものと大変光栄に思います。東海道・山陽新幹線のぞみ号の光触媒式空気清浄機、成田国際空港の光触媒テント、丸の内ビルディングの光触媒タイル、日光東照宮の漆プロジェクトや光触媒蚊取り器などなど、世界に誇る日本発のクリーン技術として光触媒は定着してきました。」
まだまだある、ルーブル美術館のピラミッド。
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セルフクリーニングガラスなのだ。
光触媒の有機物酸化分解作用と超親水性作用のダブルの作用で"汚れ"を付着しにくく、 洗い落とし易くする。
つまり窓ふきは要らないのだ。
この原理とは...
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「光触媒(二酸化チタン)に光(紫外線)が当たると、その表面から電子が飛び出します。このとき、電子が抜け出た穴は正孔(ホール)と呼ばれており、プラスの電荷を帯びています。
正孔は強い酸化力をもち、水中にあるOH-(水酸化物イオン)などから電子を奪います。このとき、電子を奪われたOH-は非常に不安定な状態のOHラジカルになります。
OHラジカルは強力な酸化力を持つために近くの有機物から電子を奪い、自分自身が安定になろうとします。この様にして電子を奪われた有機物は結合を分断され、最終的には二酸化炭素や水となり大気中に発散していきます。」
なるほど、こんな具合の良いものはない。
ネットで調べると確かにある、光触媒入りのコーティング剤。
車のコーティング剤として宣伝しているが、ガラス窓にもOKだろう。
ただただ、値段が高い、定価28,000円、危険を冒してでも窓ふきをしてみようかなぁという今日の結論だ。








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# by hanaha09 | 2017-12-08 22:32 | 田舎暮らし | Comments(0)

寿司の作法

別に「ハレの日」ではなかったが...軽井沢の「ハレの日」で寿司を食べた、スーパーのパック寿司と比べてはるかに旨かった。
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寿司に必ず登場するのが「あがり」、お茶のことだ。
よく見る寿司屋の湯呑みはとにかく大きい。
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なんで大きいか?
江戸時代の寿司屋は屋台、次々と注文を受けながら寿司を握った。
お茶をだし、お勘定も一人でこなされけばいけない、大忙し。
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何度もお茶を入れ替えている余裕などない。
大きな湯呑みを使うことで、その手間を省いていたのだ。
また、湯呑みが厚いのは、熱い湯に入れなければ粉茶が溶けない、前に食べたネタの匂いを洗い流す為に熱くなければいけなかった。
この江戸の屋台の伝統が今でも続いてるのだ。
と、いわれていたが...これにも新説。
屋台の客は、手づかみで寿司を食べた後、米粒などで汚れた手をどうしたのか。
食後にお茶の入った湯飲みに手を突っ込んで洗ったのだ。
こうして湯呑みは、手を洗いやすいように 少しずつ大きくなっていき、今のような形に定着したのだそうだ。
客は湯飲みで洗った手をどうしたのか、といえば、その屋台の暖簾で拭いて帰ったという。
江戸っ子たちが、どこが美味しい寿司を出す繁盛店かを見極めるに、暖簾の汚れを見ていったそうなのだ。
ほんとうの様でほんとうかな?




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# by hanaha09 | 2017-12-07 10:37 | 田舎暮らし

江戸の禁煙令

煙草を吸うのをやめてもう20年ほどになった。
一発でやめた、それまでは一日にほぼ2箱の煙草。
朝のトイレから、家を出て1本、電車に乗るまで1本、電車を降りれば1本...会社へ行けば電話を取るたびに1本づつ。
仕事が終わって飲み屋に行けばもうチェーンスモーカー。
禁煙初期には夢にも出た、煙草に手が出て冷や汗が出てくるシーンだ。
その内、タクシーに乗った時の煙草のにおいが嫌になった。
その次には煙草の臭うホテルの部屋を替えてもらうようになった。
そして、人が吸うたばこの煙を吸ってただ煙草を満喫するようにもなった。
コロンブスがアメリカ大陸から煙草をヨーロッパに持ち帰ってから百余年で日本にも上陸してきた。
慶長10年(1605)に種を輸入して長崎桜馬場に植えた記録がある、これが最初のようだ。
煙草の煙は邪気を払う力があるとか、狐や狸に化かされたときには一服すれば正気になれるとかといった尾びれがついた。
瞬く間に喫煙習慣が日本人に広まっていった。
幕府は慶長17年(1612)から元和2年(1616)までに5回もの禁煙令を出した。
健康の害のための禁令ではなかった、火事の原因になりやすいという事情からだ。
それにも関わらず、喫煙習慣は下火になることは無かった。
中には煙草に課税して収入を得る大名も現れた。
禁令は形骸化し、煙草は武士にも庶民にも嗜好品として親しまれていく。
煙草を吸わない者は100人中、2~3人であったとも言われている。
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江戸川柳に、「ふきがらをじゅうといわせるちんこ切り」という句がある。
「ちんこ切り」とは「賃粉切り」、葉煙草を刻んで刻み煙草にする仕事を請け負っていた職人のことだ。
職人達は水を入れた手桶を用意して、そこへ吸殻を落とす、火事にならないように気配りをする。
仕事の合間に手足を休めて、煙草を一服付け、息抜きをする、江戸の職人たちの優雅な光景が目に浮かぶようだ。
それにしても現代のベランダ喫煙家、ガラスケースの中の喫煙家、なんだか情緒もへったくれもないただの時間つぶしのような光景だ。
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この20年間に節約した煙草代、計算してみると100万円は超えるのだが...全然残ってない。















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# by hanaha09 | 2017-12-06 20:50 | 田舎暮らし | Comments(0)

荒波の日本海

日本海の面積はおよそ103万平方km、日本列島が3つほど入ってしまう広さだ。
太平洋などの外海とは対馬、関門、宗谷、間宮各海峡でつながる大きな内海、しかも各海峡の深さは最大でも130mほどで浅い。
対馬海峡よりは黒潮の一部が流れ込み、日本列島西岸をなめるように北上する。
対馬海流の厚みは200m程、速さは毎秒50cmほど、太平洋側を北上する黒潮のおよそ4分の一くらいの速さだ。
宗谷海峡、間宮海峡を経て冷却された海流はリマン海流となってロシア沿岸、北朝鮮沿岸を南下する。
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江戸時代の日本列島の物流の大動脈は大坂から立って下関経由で日本海沿岸を北海道までを往復する北前船だった。
幕府によって規制された小型の平底舟に1枚帆の木造船が行き来した。
各港でそれぞれの産物を売り買いする、江戸時代の総合商社であった。
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これを可能にしたのが暖かくて、流れの穏やかな対馬海流であった。
北前船には商品の取引のための金銀小判が船箪笥に積まれていた。
いざ、船の遭難の際にはこの船箪笥を海に投げ込んだ。
船箪笥は岸へ岸へと流れる海流で沿岸に打ち上げられた。
船主はこれを回収、次の商いの元手にしたという、実際にあった話だそうだ。
北前船航路は日本海の海流のおかげで風が吹かない限り安全な航路であったのだ。
さて、昨日今日話題になっているのが北朝鮮船籍の木造漁船の日本海沿岸への漂着だ。
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11月15日・・日本海の好漁場として知られる「大和堆(やまとたい)」付近で3人救助。
11月23日・・秋田県由利本荘市で北朝鮮8人を保護
11月23日・・新潟県佐渡市で遺体1体。ハングルの木造船漂着。
11月23日・・秋田県由利本荘市で北朝鮮人8人保護。木造船から水揚げしたイカ。
11月25日・・新潟県佐渡市で遺体1体
11月26日・・新潟県佐渡市で遺体1体
11月27日・・秋田県男鹿市で遺体8体
11月27日・・石川県珠洲市三崎町小泊沖で、漂流船。ハングルの空き箱
北朝鮮の食糧難の方策として日本EEZ海域内にある大和堆までやってきて、豊富なイカを捕獲するのが目的と言われている。
しかし、燃料事情が悪いのか、船の状態が悪いのか、それとも冬の強風のせいか、航行不能になれば佐渡、秋田、青森、北海道に自ずと漂着するのである。
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海流の速さはそんなにないので平底の小さな木造船にもかかわらず、大航海が成し遂げられるのである。
ほんとうは穏やかな日本海なんだが、政治の谷間では荒波に...
これから先どうなるんだろう?








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# by hanaha09 | 2017-12-05 19:09 | 田舎暮らし | Comments(0)

チバニアン

「チバニアン」?妖怪ウオッチのジバニャンとはまったく関係ない。
「恐竜の骨が埋まっているわけでもなく、見た目は何の変哲もない、ただの崖」なのだそうだ。
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千葉県市原市の養老川の川岸にある地層に大勢の人たちが集まっている。
市当局はあわてて、駐車場やら仮設トイレやらの準備に追われているのだそうだ。
この「チバニアン」、こういうことのようだ。
「46億年前の地球誕生から、地球の歴史は115の地質時代に区分されている。さまざまな生物の登場など特徴的な現象が区分けの根拠だ。その境界を研究するうえで、地球上で最も優れた地層を国際学会が認定しており、それが世界で六十数カ所ある。」

「約77万年前の境界を観察するには、ここ」という日本の申請が世界の専門家に最終的に認められれば、地球科学の「聖地」に仲間入りし、約77万~12万6千年前の地質時代は「チバニアン(千葉時代)」と呼ばれることになる。旧人のネアンデルタール人やマンモスが生きていた頃だ。」

285万年前から始まる時代「新生代第4紀更新世」の前期に続く、中期(約78万年前~約1万年前)には、まだ国際的な命名がなされておらず、その時代の呼び名の候補として「チバニアン」が、今提案されているのだ。

なんでこの時代がわかるのか?というと、新生代第4紀更新世の前期と中期の境目は、地球の磁場の逆転が起きた時代、その時期の地層を千葉の養老川の何にもないような崖っぷちに見ることができるのだ。

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赤色杭の部分が北がS、南がNの逆磁極期、そして下から1番目と2番目の間に水平に割れ目が見える。

これが第4紀更新世前期と中期の境目、割れ目の上が「チバニアン」と呼ばれるようになるのだ。

ちなみに黄色杭の部分が磁場がふらふらしていた時代、緑色杭の部分が今と同じ北がN、南がSの正磁極期なのだそうだ。

なんで地球に磁場なんてものがあるのか良くわからん。

その磁場が時代によって逆転するのはもっとわからん。

この地層に方位磁石を持っていったら赤杭と緑杭の部分ではくるっとひっくり返るんだろうか?

いずれにせよ、すごいことは地球の歴史がのぞき込める世界有数の場所の一つが日本の千葉県にあるということだ。

正式な命名決定後には、この位置に世界で65か所にしかない金の杭(ゴールデンスパイク)が打ち込まれるそうだ。

元千葉県民としては誇らしいことだ。












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# by hanaha09 | 2017-12-04 18:49 | 田舎暮らし | Comments(0)

昔は田んぼリンク、今は...

嬬恋村の冬は寒い。
子供たちの冬の遊びはアイススケートだった。
と言っても、都会のようなスケート場はない。
刈り取りを終わった田んぼに親たちが総出で水を張った、水は凍ってスケートリンクになった。
その昔はスケート靴もなかった、下駄にスケートの刃を括り付けた(?)手作り下駄スケートだった。
こんな環境の中、持ち前の頑張りで世界に飛び立つスケート選手を自然と輩出するようになった。
1983年の世界スプリントで日本人初の総合優勝を果たした黒岩彰選手だった。
その後は黒岩敏幸選手、カルガリー代表の黒岩康志選手や黒岩宗久選手、 またW杯ベルリン大会2位の黒岩悟選手などなど次々とオリンピック選手を輩出した。
田んぼリンクの卒業生たちだ。
そして、今は青葉湖に作られた嬬恋高校専用スケートリンクが活躍する。
今日は休みの日でリンク解放の日なんだろう、大勢の子供たちが集まっていた。
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みんないっちょ前に滑るのが上手だ。
先輩たちに続く将来のオリンピック選手候補生だ。
1992年のアルベールビルオリンピックで銀メダルを獲得した黒岩敏幸選手が語っている。
「リアルチャンピオンとは、心技体に加えて「礼」が備わった選手だ」と。
「まずは人を敬い、ルールを守ること。強い選手ほど、人に与える感動は大きいですが、その分、大きな失望を与えてしまうことにもなりかねない。礼を重んじて、人格的に尊敬される選手にならなければ、リアルチャンピオンとは言えません。」
どこかの相撲力士にぜひ聞いてもらいたい言葉だ。



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# by hanaha09 | 2017-12-03 08:58 | 田舎暮らし | Comments(0)

火山性微動が10回発生

昨日のHazard lab の火山ニュースに出た。
「浅間山では12月1日、地下のマグマと水蒸気の動きを示す火山性微動が10回発生し、二酸化硫黄を含む火山ガスの放出量が倍増したと気象庁が発表した。」
「山頂火口からは一時的に上空400メートル程度まで噴煙が上昇。高感度カメラを使った夜間の観測では、火口上空の雲や噴煙が火口内の溶岩の光を反射して赤く見える火映現象が観測されている。」
「南斜面にある傾斜計では、わずかな地殻の変動が観測されており、火山活動はやや活発な状態が続いている。」
「気象庁は噴火警戒レベル「2」を発令し、火口から約2キロ範囲では、噴石に警戒するとともに、風下側では火山灰に注意するよう呼びかけている。」
気象庁の観測資料をさかのぼって調べてみると...
火山性微動(地震と違って始まりも終わりも良くわからないは波長が観測される)は8月11日には7回の微動を観察されており、22日には2時間30分にも及ぶ継続的な微動が観察された。
二酸化硫黄を含む火山性ガスの測定値は11/29の測定値は800t/d、その前回の11/14測定値は400t/d。
確かに倍増しているが、今年の初めから6月頃までは一日1,000t/dを超えてる日がめじろ押し。
噴煙の高さは8月6日には800mに達っしたと観測されている。
火映現象は今年になって数多く観察されている。
10月10日夜の火映。
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浅間山南斜面にある塩野山にある傾斜計は2015年6月より浅間山の膨張に伴う変動が確認されており継続的に注視されている現象だ。
昨今に急激に変化した噴火観測情報でもなさそうだが...
自然災害は予想にたがわずいつなんどきやってくるかわからない、わずかな予兆でも無視することなく、いざというときの準備をするに越したことは無い。
本日の朝の浅間山。
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本日の午後の浅間山。
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本日の夕暮れ時の浅間山。
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# by hanaha09 | 2017-12-02 18:16 | 田舎暮らし | Comments(0)