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あるちゅはいま日記

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車坂峠の花々

高山植物があちらこちらで花を競い会う季節です。
いつもですとこのころは家に閉じこもるのですが今年は何かと出かけることが多くなった。
嬬恋村と信州の境界、車坂峠(標高1997m)から林道を地蔵峠まで。
車坂峠付近のニッコウキスゲ群落。
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甘草の仲間で食べられる。
この黄色の花をてんぷらにして出すそば屋があるそうだ。
食べた人の感想、「味も香りもしなかった」。
六合村の野反湖へ行けば「ノゾリキスゲ」、浅間山南麓へ行けば「浅間キスゲ」(別名ユウスゲ、夕方に花が咲く)、東京へ行けば「武蔵野キスゲ」、満州へ行けば「満州キスゲ」。
世界をまたにかけて親しまれてる花です。
林道のがけっぷちには「シモツケ」。
信濃の国に咲く下野の国(今の栃木県)の山野草です。
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「ハクサンオミナエシ(別名 小金鈴花)
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そのほか「ハクサンフウロ」、「チダケサシ」、「トリアシショウマ」、「ノアザミ」...
まさに天空の道路という感じでございました。
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# by hanaha09 | 2011-07-26 16:37 | 田舎暮らし | Comments(0)

せんぜい畑

家の近くにある自家用の野菜を作っている畑、この辺ではせんぜい畑というそうだ。
「せんぜ い いって
   いんげん と にんじん とってきてくりや。」
という風に使うそうだ。

作物の旬を見極めて、その作物にあった時期に栽培する。
急ぐことも、形をそろえる事も、必要ない。
農薬や化学肥料に頼らなくても、栽培できる。
ゆっくりと時間をかけ、出来た順番に採って食べる。
それがせんぜいです。

とはいうもののなかなか物事は簡単にはいきません。
我が家のせんぜい畑では...
毎朝、あおむし見たいな虫と壮絶な格闘を繰り広げるのですが菜っ葉は穴だらけ。
虫が早いか、人が早いか。
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春菊のおひたしが出来ると期待してたのですが、ゆっくりと時間をかけてると花のつぼみが出来てしまった。
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「おーい きゅうり とってきてくりや。」
「へーい。」
こういう会話が出来る寸足らずのきゅうりがせんぜい畑にできた。
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生ごみ・落ち葉の有機肥料(米ぬかを少々混ぜた)に薪ストーブの灰を撒いた。
農薬は皆無だが今年はセシウム少々。
まあ、上出来の部類だと一人満足いたしております。
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# by hanaha09 | 2011-07-25 17:04 | 田舎暮らし | Comments(0)

地デジカ騒動

本日正午を持ってアナログテレビ放送が停波されました。
歴史的な一瞬でありますが…
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もともと、我が家の辺ではアナログ放送も見られなかった。
電気屋さんに頼んだら地デジ電波が取れないとのことでアンテナ工事を断られた。
デジサポに言ってみると、「地図上では電波はとどいています!」でおしまい。
ものは試しで通販で買った平面アンテナを洗濯竿に取り付けた、すると地デジが映った。
幸いながらNHKだけは映らなかった。
昨年の夏には1チャンネル、8チャンネルが映らなくなった。
山の樹木が芽吹いてくると葉っぱが地デジ電波を干渉してしまうらしい。
雨が降るとブロックノイズで観てると頭が痛くなる。
今年の夏は天候にもかかわらずどのチャンネルも映らなくなった。
衛星放送の地デジ番組もスクランブルで見られない。
そして、今日の日を迎えた。
見事に地デジ難民となった、最近の薄型テレビは趣もなくただのゴミに近いものなった。

考えてみれば馬鹿騒ぎばかりのテレビ番組を一生懸命に見ることも無い。
ニュースを見てても延々と続くむなしくなるばかりの報道だし。
ワイドショーの騒ぎぶりもいったいなんだー。
嬬恋村で整備された光回線で動画ニュースはもっぱらインターネット。
見たいニュースだけ選択して見られる。
原発事故ではニコニコ動画が面白かった。
地震情報はワンセグテレビを見れば十分、録画予約もできる。
最新の映画はちょっと探せばネットのあちらこちらに。
便利さこの上なし。
数千億円も投じた地デジカ作戦、これではかた無し、では?
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# by hanaha09 | 2011-07-24 18:11 | 田舎暮らし | Comments(0)

キャベツの収穫が始まった

所要があって長野まで出かけた。
前橋まで出るよりずっと早い、長野県庁まで1時間とちょっと。
すがすがしい朝のキャベツロード(本当の名は広域農道パノラマライン)をぶっ飛ばして鳥居峠を越えます。
浅間の逆さ馬からほぼ2ヶ月。
キャベツの収穫が始まりました。
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朝の3時から照明をつけて作業の始まり。
ラジカセの軽妙な音楽つき。
畑の準備、植え付け、薬剤散布と自慢の赤いトラクターが活躍するんですが...
この収穫だけは人手仕事。
夏場に収穫するキャベツは嬬恋村でざっと一日100万個。
3食、宿泊、昼寝つきで日当8000円が相場とか。
昔は学生たちがやってきたが今は誰も来ない。
頼みの中国人研修生は原発事故以来国に帰ったまま。
東北地方の方の雇用を優先したそうだがこんなきつい仕事ではどうも。
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夕方の帰りのトラクターの荷台にはにっこりと日焼けした顔かお顔。
どこぞやの民族音楽が聞こえてきそうです。
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# by hanaha09 | 2011-07-23 20:17 | 田舎暮らし | Comments(0)

池の平湿原

5月に訪れた池の平湿原にはまだ雪が積もってた。
駐車場料金がいる夏シーズンになったが思い切って出かけてみた。
この前とはまったく変わった景色、標高2000mの湿原は花真っ盛り。
ここの湿原は三方ヶ峰の旧火口が爆発で吹っ飛んでできた。
数万年前のこと。
そして樹木、植物がそのまま埋まって泥炭層になった。
雨水が貯まって池となったが、ここは外輪山の一部が崩れて水がたまらなくなってしまった。
誰がつけたか知らないが湿原の向こうの山の切れたところが「放開口」という名前。
小学生の団体さんもあわせて大混雑。
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ニッコウキスゲ。
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ハクサンフウロ。
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テガタチドリ。
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アヤメ。
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お弁当を食べてるとこんな蝶まで、「ウスイロコマノチョウ」というらしい(追記 ヒカゲチョウが正解みたい)。
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自然がいっぱいの湿原でした。
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# by hanaha09 | 2011-07-22 20:31 | 田舎暮らし | Comments(0)

迷走おじぎ台風

超大型といわれた台風6号(MA-ON マーゴンと名前がついている)、かの有名な高知県の馬路村では一日の降水量が852mm。
一日雨水をためるには8.5mの深さのバケツがいる。
この台風は夏特有の牛歩、迷走、おまけに福島原発を大きく迂回。
この軌跡は腰折れのおじぎ台風といわれるそうだ。
原因は、まだまだ夏ですので上空の偏西風が弱い、ほんのわずかな影響であちらへこちらへとふらふらしてしまう。
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不思議なのは四国南部上陸の一瞬。
ほんのちょっとちょっかいをだしに寄り道をしたようなかっこうとなっています。
台風の目なるものは気圧が一番低い地点として観測される。
陸側の地形の影響で最低気圧の場所がジャンプするそうだ。
今の日本の政情をそのまま写したみたい。

それにしても台風の強大なエネルギーはものすごいものがある。
今朝は一挙に16℃まで気温が下がった。
いったいクーラー何台分に相当するんでしょう。
ススキの穂が出てしまいました。
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# by hanaha09 | 2011-07-21 09:39 | 田舎暮らし | Comments(0)

万座温泉

万座温泉の乳白色の硫黄泉「白鐵(はくてつ)の湯」へはいってきた。
高級旅館の日帰り温泉料金はちょっと高いが、観光協会のイベントに参加したので無料券をもらっていた。
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万座温泉の歴史は古い。
温泉地の洞窟から先史時代の土器が見つかった。
弥生時代の人々が温泉を楽しんでいたのではとも考えられている。
その後は海抜1800mの山中迄の道のりは遠けれど、万病が完治する知る人ぞ知る温泉地であった。
江戸後期の硫黄採取に始まり、明治に入って湯小屋が建った。
これがまた人気を呼び大繁盛したそうだ。
昭和に入り草軽電鉄の開業により万座温泉口駅からの道路が整備された。
それでも電車を降りて3里の山道を馬の背で数時間、これもまだまだ大変。
そこに現れたのが西武グループの総師・堤康次郎、112坪の湯畑と周りの土地の貸借権を手に入れた。
温泉周りの広大な土地を政府から払い下げを受けた。
湯畑の権利が3万5千円、払い下げを受けた土地が一坪あたり7銭だったそうだ。
そして、昭和8年には軽井沢から万座までの有料道路が西武グループの手で開通した。
いまや車でぶっ飛ばせば1時間半、信号機は数えても片手で足りる。
と、いうことでいまや草津温泉に負けず劣らず評判が高い。

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万座温泉は多数の湯元を持ち泉質は20種類を越えるそうだ。
源泉の温度は80℃、湯量なんと一日540万リットル。
温泉の特徴は300mg/lを超える硫化水素の含有量、これは日本一。
温泉と呼ばれるには1mg/lの硫黄成分を含んでいれば良いらしい。
この硫化水素には血管平滑筋を弛緩させて血管を広げる作用がある。
お湯に浸かって硫化水素を吸入すると高血圧や動脈硬化などなどの難病が治ってしまうのだ。
ただし、吸いすぎるとたちまちアウト。
「温泉ビューティ研究家」もおっしゃってます。
硫黄成分の漂白効果、気圧の低い高地では新陳代謝が良くなる、おまけに露天風呂からの自然の恵みが脳内ホルモンを活発化する。
これで美人になれるそうだ。
この卵の腐ったにおい、弥生時代の美男美女たちもきっとその効能を代々受け継いでいたに違いない。

翌日朝起きてもまだ硫黄のにおいが染み込んでました。
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# by hanaha09 | 2011-07-20 21:21 | 田舎暮らし | Comments(0)

森の美術館

軽井沢は文化・教養の街。
美術館の数が非常に多い。
いろんな博物館も含めて8つもある。
夏にはこれらの美術館をめぐるためのレトロな循環バスも運行されています。
それ以上にすごいのが各美術館で毎週のように有名な方を迎えての講演会が開かれる。
夜には弦楽4重奏とかピアノ、ギターの弾き語りなどなど。
軽井沢の夏はまるでパリの社交界の雰囲気であります。

一方、嬬恋村といえば浅間やけ被災家屋発掘の茶碗、農具などを展示した郷土資料館があるのみ、村の循環バスは1昨年に運行終了。
浅間を越えれば天と地の違い。
でもでも美を探求しようとされる方も中にはいらっしゃいます。
浅間山方向に散歩に行ったとある別荘の入り口にありました。
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つまごい森の美術館とでも勝手に名前をつけましょうか。

おくさまは自分を振り返ることなく、
「まあ、お腹がたるんでるー」。
そして私、
「横にあるのは「こしあぶら」の木だー」。
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# by hanaha09 | 2011-07-19 09:00 | 田舎暮らし | Comments(0)

ホタルブクロ

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「旅人に 雨降り花の 咲きにけり」
          一茶
江戸からの途中、雨の中、長野豊野町の正見寺にてホタルブクロを詠む、とありました。
ホタルブクロの名の通り蛍の飛ぶ頃に咲き、丁度その頃は梅雨の時期に当たるので、一茶の句にあるように雨降り花の別名が。
季節を夏の夕暮れを感じさせる花の名前です。
子供達が花の中に蛍を入れて持ち運んだというのが名の由来。
これには諸説があってすんなりとは受けいられていない。
花の形を提灯(ちょうちん)に見立て、提灯の古語の「火垂る」から名がついたと主張する人もあれば、蕾(つぼみ)の形が蛍に似ているからとする人もいる。
実際に花の中に蛍を押し込めて試した人がいる。
確かに蛍を入れると光が透けてとても幻想的な雰囲気になる、子供達にとっては夢のいっぱいの世界になる。
が、一点の疑問が沸いたそうだ。
花の口元をねじってつぶすこともままならない、道端の草で縛るのもちょっと大変、といってそのままでは蛍が飛んで出てしまう。
考えた末のゼムクリップが一番重宝だったとか、これでは夢もない。
蛍の閉じ込められる花の中をのぞいたらこんな感じ。
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横文字ではCampanula punctata 、ラテン語で斑点のある小さな釣鐘、外国人らしく直接的な名付け方、世界で広く支持されている名前。
そこに新しい解釈が…
「少年の日を過ごした遠州の稲田のきわにも、ホタルブクロの花が咲いていた。少女たちはホタルをその花筒に入れ、そのほのかに螢光を放つ袋を、宝石かのごとく両の手で包み、指の隙間から漏れるかすかな光に笑みをこぼした。日は沈んでいた。」(栗田 2003)
蛍を包むゆえにホタルブクロ(蛍袋)、大切そうにそれを手で包み込むお下げ髪の少女とはにかむ腰手ぬぐいの少年。
夏の日本にぴったりの光景が浮かんできますね。
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# by hanaha09 | 2011-07-18 09:00 | 田舎暮らし | Comments(0)

夏がやってきた

朝からぎらぎらの太陽が照りつけるようになりました。
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梅雨明け宣言とともに春ゼミの鳴き声が合唱からだんだん独唱に。
本日にはまったく聞こえなくなってしまった。
この辺にはみんみんぜみもあぶらぜみもやって来ないので今年のせみシーズンは終わり。
そしてやってきたのがこれ、赤トンボの仲間、たぶんナツアカネ。
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およそ2万年前、この赤トンボの祖先は氷河期にやってきた。
その後氷河が融け気候がどんどん暑くなってくると、ほとんどの赤トンボは北へ北へと寒い地域に移動していった。
ドジなやつだけ日本に取り残された。
いま、里の水辺で生まれた日本の赤トンボは暑さを避けて標高1000m地帯までやってくる。
その飛行距離は50kmにも達するそうだ。
高崎あたりからここまでひとっとび、上昇気流をうまく捕まえ軽々省エネ飛行ができる。
夏には高地で避暑、秋になると低地に大移動と進化を遂げたドジな赤トンボ、世界で唯一の習性を持つ珍しいトンボになったそうです。
これは去年の9月初めの赤トンボ、成長とともにだんだん色づいてきます。
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稲穂が黄金色に染まるころ、真っ赤になって里の水辺に下って帰ります。
実は赤トンボの赤色は婚姻色、うれしはずかし恋の色だったんです。

  夕焼けこやけーにアカトンボ...

はるか北に移動していったほかの赤トンボたちも同じ真っ赤な夕日を眺めているんでしょうね。
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# by hanaha09 | 2011-07-17 09:00 | 田舎暮らし | Comments(0)