ブログトップ

あるちゅはいま日記

hanaha09.exblog.jp

<   2017年 10月 ( 31 )   > この月の画像一覧

又やってきたハロウィン

年寄りにはなかなか理解できないお祭りハロウィン。
10月31日がその日だ。
もともとは日本のお盆のようなもので、はるか2,000年も前のケルト人の秋の収穫を祝い、亡くなった家族や知人たちを偲ぶ宗教行事なのだそうだ。
やがてキリスト教に取り入れられ、またイベント好きのアメリカ人によって盛んになった。
それが商業主義の一躍を担うように日本にも上陸したようだ。
このきっかけはどうも東京ディズニーランドが始めた仮想パレードにあるらしい。
いまや東京渋谷ではコスプレ祭りと化してるみたいだ。
b0126549_17542361.jpg
海外の人たちは、「これが日本のハロウィンなの?普段の日本なの?一度は行ってみたい..」
日本人たちは、「ハロウィンだからと仮装をするまでは良いのだが、いい大人が子供もほったらかしで目的も無く渋谷を徘徊、警察が出動するほど騒ぎ、ごみを巻き散らかして帰るのは一体どういうことなんだ!!」
私から言わすと、「カボチャに穴を開けて何が面白い、カボチャは食べるものだ、使った後は煮つけに!!」
[PR]
by hanaha09 | 2017-10-31 18:15 | 田舎暮らし | Comments(0)

台風が過ぎたら雪

普通は台風が過ぎ去れば秋の青空、稲穂の黄金色がきらりと光る。
と、思ってたたのだが。。。
今年は台風が過ぎると雪が降った。
b0126549_20244896.jpg
日本百名山、草津白根山の本白根山はうっすら雪化粧、浅間山は雲の中でよくわからない。
きっと、同じだろう。
昨夜遅くには雪がちらほらの話も聞くが、今日の午後はアラレがちらほら。
気温は3℃になってしまった。
明日の朝は積雪の心配、日が暮れてからスノータイヤに履き替え作業。
ほのかな懐中電灯の明かりを頼りに車2台分、手間取って終わるともう7時。
寒いねぇ。
日本酒をお燗で飲んじゃった、この冬始めて。
[PR]
by hanaha09 | 2017-10-30 20:33 | 田舎暮らし | Comments(0)

石山鉱山

もう嬬恋村に帰ってきたが、まだまだ男鹿の話。
b0126549_17511335.jpg
男鹿温泉は少し高台にある。
海岸に向けて下り坂になる。
その坂には入口を固く閉ざしたバー・クラブ立ち並ぶ、昔の栄華が目に浮かぶ。
この坂をほんの少し行くと岩を削ったような細い道がある。
b0126549_1755990.jpg
「鬼の隠れ道」との看板がある。
b0126549_1759281.jpg

両側の岩は何段にも重なり合った層となり、この岩は手で触っても崩れるような岩だ。
これは石灰岩なのだそうだ。
実は高台から男鹿温泉の湯が流れ出て冷えた際に溶出した石灰岩が堆積した、いわゆる「湯の華」なのだそうだ。
この石灰岩を明治から大正にかけて露天掘したのが「石山鉱山」。
この「鬼の隠れ道」は採掘した石灰岩を港まで運んだトロッコ道だった。
海岸にもこんな石がいっぱい、ぼろぼろ割れる石灰岩だ。
b0126549_18364079.jpg

この石灰岩は金や銀の精錬の際に使われたそうだ、佐渡へ佐渡へと運ばれたのだろうか?
そして、時代は移り下り坂に続く露天の採掘跡が昭和30年代の観光ブームと共に大温泉郷と形を変えた。
平成も30年たち時代ももうすぐ変わる、ネオン街の跡はどう変わっていくのだろうか。
[PR]
by hanaha09 | 2017-10-29 18:47 | 田舎暮らし | Comments(0)

男鹿はナマハゲ

男鹿はどこへ行ってもナマハゲ、いたるところに出て来る。
b0126549_10414661.jpg
岡本太郎が甚く気に入ったというナマハゲ。
まさに太陽の塔の面影だ。
そして、男鹿真山伝承館に出たナマハゲ。
b0126549_10481061.jpg
「悪い子はいねがー」「泣ぐコはいねがー」と障子、板戸を激しく打ち鳴らしながらやってくる。
この真山ナマハゲの頭にはツノが無い、包丁も棒も御幣も持ってこない。
男鹿の各地区でそれぞれ伝統が引き継がれている。
これは自撮りのナマハゲ。
b0126549_10502852.jpg
赤は男ジジナマハゲ。
ナマハゲの発祥では無いかと言われる5匹の鬼が一晩で千段の石の階段を積み上げたとされる五社堂の前にもナマハゲ。
b0126549_11293456.jpg

ちょっと前には旅館の女風呂にも出てきてひんしゅくをかったそうだ。
このナマハゲ、もともとはナモミハギといった。
ナモミとは囲炉裏などに長くあたっているとできる低温やけど、これをはぎ取って懲らしめる、つまり仕事もせずに囲炉裏の前でぐうたら過ごすなまけものを懲らしめるのがナマハゲとなった。
子どもを脅かすだけではない、大人たちへの戒めなんだ。
江戸時代に盛んになったと言われるがちょうど百姓たちへの勤勉を説いたものに違いない。
ナマハゲに応対する家長の役割を家族たちの前で示す一つの場面でもあるようだ。
そして、鬼たちは山からやってくる神様だ、自然によってなされる凶、不況、これをひたすら神のご加護で乗り越えようとの願いだ。
このナマハゲ役、ただ者がその役を任されるわけでは無い。
神社によって認められたものだけがナマハゲ役を果たせることとなる。
まず独身の男であること、童貞であること、汚れの無いことが求められる。
ところが最近ではなかなか適役者が居ない、おまけにナマハゲは各家庭でお酒をごちそうにならなければならない、酔っ払って倒れるとナマハゲではなくなる。
その役はついつい年配者に回ってくるのが最近の事情だそうだ。
大みそかの日、各集落5~60軒、だいたい10軒ぐらい回ると酔っ払って体力消耗、ナマハゲ役の交代となるのだそうだ。
ナマハゲが暴れた家の中には、衣装のわらが散乱する。
お正月まではこの落ちたわらをそのままに、中には子供の頭に巻いたりする。
神がもたらしてくれる守護符なのだ。
[PR]
by hanaha09 | 2017-10-28 11:40 | 田舎暮らし | Comments(0)

この温泉はなんだ?

2日目の男鹿温泉は別の旅館だった。
秘湯を守る会のチョウチンが。
洗い場で頭を洗ってるとシュパシュパシュパと湯船が騒ぎ出してビックリした。
ナマハゲから大砲の様な筒が湯船に突き出している。
b0126549_06155991.jpg
そこから温泉がさっきの音と共に噴き出しているのだ。
すごいのがこの方向の湯船の端には、温泉成分の石灰が堆積している。
鍾乳洞と一緒だ。
ここの源泉は、湯船から2ー30m下にある。
そしてこの温泉配管の切れ端が飾ってあった。
b0126549_06223416.jpg
石灰で詰まってる。
おそらくポンプが使えないんだ。
エアリフトを使っているに違いない。
源泉温度は52度、塩分の多い、カルシウムの多いナマハゲ温泉だった。

[PR]
by hanaha09 | 2017-10-27 06:08 | 田舎暮らし | Comments(0)

男鹿温泉にやって来た。

b0126549_07045931.jpg
遠いねぇ。
男鹿温泉の夜明けだ。
温泉はちょっとエメラルド色、このあたりは火山活動が活発だとのことだったが特有の匂いはしなかった。
泊まったところは一昔前の温泉旅館。
シャンデリア付きの宴会場にカラオケやらマッサージ、今時はどうなのかなぁ。
このあたりはなまはげ一色、朝飯の納豆までなまはげ印。
なまはげ伝道師なんてのも募集してた。
あとは季節もよいのだろう、ハタハタが必ず食事に。
美味しいのだがちょっとやりすぎ。
まあ、たのしい東北旅行だ。





[PR]
by hanaha09 | 2017-10-26 07:23 | Comments(0)

秋田までやってきた。

軽井沢から北陸新幹線、高崎からは上越新幹線、新潟からは特急電車、秋田からはタイで乗ったようなディーゼルカー。
鉄道の進化を訪ねるたびのようだった。
なにせ鉄道の旅は10年ぶり。
特急電車、と言ってもたびたび止まる各駅停車みたい。
駅弁は売れ切り、お腹が空いた秋田駅。
駅弁投票で一番を取った鶏弁当。
b0126549_07185650.jpg
男鹿までのディーゼルカー、満員の中でえんりょしながらたべた。
これぞ列車旅の魅力だ。
でも遠いね、東北は。


[PR]
by hanaha09 | 2017-10-25 21:10 | Comments(0)

台風被害

日曜日の未明に最も接近した台風21号。
さすが超大型と言われただけあって、台風通過後の朝も風が吹き続けた。
突風のような風が木の梢を揺るがし、紅葉の葉をまき散らした。
b0126549_17464520.jpg
と思ってたら、奇妙な音をたててこんなになってしまった。
b0126549_17482218.jpg
根こそぎ傾いてしまったカラマツ。
ここに住み着いてから初めての事。
台風も何回か到来したけど近くの木がこんなになることは無かった。
幸い家の方向には倒れなかったのでセーフ。
台風の来る前に「このあたりの台風は雨は降るけど風はあんまり吹かないだよ、山があるから」なんて話をした知り合い、カラマツが倒れてしまったよ、と話すと「ストーブの薪ができて良かったじゃない!」...
これを切り倒すのも大変なる作業。
自然の驚異をちょっと甘く見すぎてた。
[PR]
by hanaha09 | 2017-10-24 18:01 | 田舎暮らし | Comments(0)

江戸のレンブラント

b0126549_8334568.jpg
「吉原格子先之図」葛飾応為作と言われる。
暗闇の中の格子の奥、光のスポットに輝かしく浮かぶ遊女、そして外から羨望の眼でのぞき込む江戸の庶民、足もとには提灯の灯りがぼやっと。
西洋絵画の様でもあり、漫画の世界の様でもある。
葛飾応為とはかの北斎の三女「お栄」、北斎が「余の美人画は、お栄に及ばざるなり お栄(応為)は巧妙に描きて、よく画法にかなえり」と言わしめた天才浮世絵師。
町絵師と夫婦になったものの、天賦の画才と変人北斎の慎みに欠ける性格を受け継いだ故、夫の描く絵の拙さを笑い飛ばし離縁、北斎のもとに出戻ってしまう。
中風に倒れた北斎を支え、共に浮世絵の制作に携わった。
b0126549_1045513.jpg

こたつの布団をかぶりながら畳の上に紙を敷いて絵を描いているのが、晩年の北斎。
箱火鉢に添いながらその様子をながめているのが応為、ミカン箱を打ち付けた仏壇、まわりには食べ散らかしたかごや竹皮のごみの山、全く無頓着な二人の生活であった。
応為は北斎の肉筆美人画の代作をしたともいわれる、また、春画・枕絵の作者として北斎の春画彩色を担当したともされる。
b0126549_1028376.jpg
北斎と応為の合作と言われている「唐獅子図(画狂老人 卍筆とある)、真ん中の獅子は北斎、周りの牡丹は応為作、すごい色使いだ。
応為の作として数えられるのはわずか10点ほど。
北斎没後8年目に当たる安政4年(1857年)に家を出て以来消息不明になったとも伝えられる。
北斎の輝かしい光の影となり支え続けた応為、「影が万事を形づけ、光がそれを浮かび上がらせる。この世は光と影でできている」、と。
「江戸のレンブラント」とも称される。
応為をもう一つ、「夜桜美人図」。
b0126549_11235237.jpg

[PR]
by hanaha09 | 2017-10-23 11:30 | 田舎暮らし | Comments(0)

北斎のグレートウエーブ

葛飾北斎、アメリカのライフ誌が選んだ「この1000年で最も重要な功績を残した世界の人物100人」に選ばれた唯一の日本人。
江戸時代、西洋にわたった浮世絵は当初はエキゾチックなブロマイドカードの収集といったものだった。
しかし、当時の画家達が驚いたのは、浮世絵の左右非対称や余白をいかす構図、対象物の一部の拡大や切り取ったような大胆な構図、鮮やかで生彩に富んだ色彩表現、これは西洋絵画には存在しないものだった。
モネ、ゴッホ、ドガ、ゴーギャン、ロートレックらも各自の作品にこの浮世絵技法を積極的に取り入れた、ジャポニズムだ。
19世紀末からの西欧の芸術に欠かせない要素の一つとなった。
北斎は、生涯に3万点を超える作品を残した。
版画のほか、肉筆浮世絵、北斎漫画、読本(よみほん)、挿絵に春画、晩年には銅版画やガラス絵も試みた。
そして、傑作と言われる「富嶽三十六景 神奈川沖浪裏」。
b0126549_16344065.jpg

海外では「グレートウエーブ」と称されるこの絵が描かれたのは北斎72歳の頃、一朝一夕でできた作品ではなかった。
1792(寛政9)年、北斎33歳の時の「江の島春望」、北斎の波が見られる最も初期の絵だ。
b0126549_16364182.jpg
絵の中の登場人物さえ無視するような小さな波だ。
それから10年ほど経ち、1803(享和3)年、北斎44歳の時に再び描いた波がこれだ。
b0126549_1642499.jpg
波はずいっぶん大きく描かれたがなんだかふんわり。
その2年後の1805(文化2)年、北斎が46歳で描いた「おしおくりはとうつうせんのづ」。
b0126549_1647675.jpg
波に陰影が加えられ、色も深い青、うねりが幾重にも押し寄せる迫力となった。
波に魅了されて40年、1831(天保2)年に「グレートウエーブ」となって完成された。
そして天保15年(1844年)、85歳の頃訪れた信州小布施の高井鴻山邸滞在中に祭り屋台の天井画「怒涛図 男浪 女浪」を残した。
b0126549_1873629.jpg
北斎、人生最後の「波」となった。
まさに怒涛の浮世絵師だったようだ。
[PR]
by hanaha09 | 2017-10-22 18:24 | 田舎暮らし | Comments(0)