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あるちゅはいま日記

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刺身のけん

昔はデパートへ出かけるのが休日のレジャー。
夏は冷房が効いてるし、買うものがなくても結構楽しい。
エレベーターを降りるとたいてい大根のけんを作る「ケン突き器」の実演販売がいた。
一家に1台、いや数台はあった必需品。
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ネクタイにエプロン姿のおっさんが口角泡を飛ばす口上とともに見る間に山盛りの大根のけんが出来上がる。
これはうまくできる、と騙されて買って帰り数回使うと大根のけんはギザギザになってしまう。
また、別の実演販売で買ってしまうので「ケン突き器」は台所に何台か揃うことになる。
ともかく、刺身のけんはそれぞれの家庭で作っていたのだ。
いま、スーパーで刺身の盛り合わせパックを買うと大量の大根のけんがついてくる。
それも三寸以上の長いけん、丸めるとからまって解けないぐらい。
家で作ったけんはそのまま食べるが、パックに残った生魚の匂いがするけんはどうも食べられない。
このけんは盛り付けを美しく見せるための他に、毒消し(口の中を洗う)という意味がある。
刺身を口に運ぶ前に大根のけんを醤油を付けずに食べると、口中に残っている他の料理の味を消し、刺身の味を一層引き立たすという役割があるのだ。
本来は残すことなく食べなければならないけんなのだ。
大江戸時代の町民の一番のご馳走は江戸前の刺身だったようだ。
浮世絵に描かれた月見の料理屋では大皿に刺身がもられているのが見て取れる。
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当時の庶民の食生活は質素で、魚介類はハレの日のものだった。
生鮮魚介類は無塩(ぶえん)とよばれて特別のご馳走だ。
ただ、冷蔵庫もなかった時代、いたんだ生魚で中毒することもままあった。
毒消しの野菜は長年に渡り培われてきた日本生食文化の知恵なのだ。
今日は8.31、野菜の日だそうだ。
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by hanaha09 | 2012-08-31 21:59 | 田舎暮らし | Comments(0)

トリカブトとマルハナバチ

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トリカブトの毒の主成分はアコニチンと呼ばれるアルカロイド系の神経毒。
神経伝達物質(シナプス)を阻害する性質を持っている。
アコニチンのヒト致死量 は3-4mg。
症状は、舌のしびれ、嘔吐、酩酊、そしてごく短時間に心停止にいたる。
致命的といわれるトリカブトの量は根で親指大かその半分程度で十分。
根の部分に最も多く含まれるが花にも葉にも茎にも花蜜にも。
こんな猛毒のトリカブトの花に頭から突っ込んで蜜を吸うマルハナバチ。
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当然虫にも神経はあるのだが、人や動物のそれとは違う物質を使って神経の伝達を行っているのだ。
つまりトリカブトの毒は虫には効果がない。
なかにはトリカブトを専門に食べる芋虫も居るそうだ。
現在の医療ではヒトのトリカブト中毒に対処するための有効な治療手段はありません。
くれぐれもお気を付けくださいませ。
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by hanaha09 | 2012-08-30 22:53 | 田舎暮らし | Comments(0)

ノリウツギ

ノリウツギ(糊空木)は天然のドライフラワーになる。
冬の2月の山中の景色。
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冬まで待っていられない、ということでドライフラワー作りをすることになった。
初夏から咲いた花、外側の花びらのようなのは正確にはがく(萼)。
中央にある小さなのが花。
最小の見せかけの花で虫たちをおびき寄せるのだ。
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今、この萼が赤っぽくなって、とてもきれいなのだ。
この色がうまく残ってドライフラワーになれば大成功...となるのだが。
ベランダの上に紐でくくって逆さまに吊るした、一番簡単なハンギング法。
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葉っぱを落とすこと、紐でくくるのではなく輪ゴムでくくる(乾くとすべり落ちるので)、のがコツ。
冬の乾燥した時期が最適なのだが、うまく出来るかな?
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by hanaha09 | 2012-08-29 19:40 | 田舎暮らし | Comments(0)

車坂峠

たまには佐久まで買い物に出かける。
都会と同じくたいていのものがその場で揃う。
今日は砂利道の林道を経由して標高2000m近くもある車坂峠を越えて行った。
少し曇ってはいるが眼下には小諸市街、その向こうには佐久平。
地球が丸く見えます。
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高原には夏の終わりを告げる花と昆虫たち。
マツムシソウの花で吸蜜するベニヒカゲ(これは黒い丸の中の白い斑点が明瞭なので♀)。
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ワレモコウ(吾亦紅)で休むアキアカネ。
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日本のエーデルワイス、ウスユキソウ(標高が高いのでミネウスユキソウ?)に泊まるクジャクチョウ。
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これはイブキジャコウソウ、よく似たタチジャコウソウは英語で言うとタイム。
麝香の香りのするハーブ、香りが百里の遠くまで届くというので百里香の別名も。
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いつまで見てても飽きのこない大自然です。

佐久平まで下ると31度を超える都会並みの残暑厳しい一日でありました。
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by hanaha09 | 2012-08-28 21:04 | 田舎暮らし | Comments(0)

避暑

残暑が厳しいですね。
嬬恋村も年毎に暑くなってるような感じです。
たいていの村の人がブツブツと話すのは、10年前にはハエもいなかった、蚊が出てきだしたのも最近だんべ...
でも、空の様子は既に秋。
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そして飛んできた赤トンボ、もう赤く変身。
繁殖期を迎え里へ飛び立つのももうすぐ。
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赤トンボとは体色の赤くなるトンボの総称。
これはアキアカネ、頭部まで赤くならないのと羽を少し下にさげてとまるのが特徴。
6月から7月にかけて里の水辺で羽化したアキアカネはどんよりとした梅雨空を仰ぎながら標高1000mを越す高山を目指して一斉に飛び立つ。
体の熱を逃がすのが苦手なアキアカネは暑い里を避け、避暑地にやってくるのだ。
そして、秋雨前線が通過する頃には真っ赤な大人、成熟期を迎えて一斉に里に向けて降りてゆくのだ。
アキアカネの餌はハエやカ、稲の害虫のウンカやヨコバイなどの小さな虫。
1日に11~12mgもの餌を食べる大食漢。
その量は自分の体重の1割を超えるそうです。
このところ、あちこちで見られていた赤トンボの集団がだんだんと小さくなってしまっているそうです。
稲作の機械化、農薬、温暖化...いろいろと原因が考えられています。
古くから赤トンボを捕まえると罰が当たるとの言い伝えも残っています。
ハエやカ...害虫を食べてくれるトンボをむやみに殺生することを戒めたものに違いない。
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by hanaha09 | 2012-08-27 17:57 | 田舎暮らし | Comments(0)

カラマツの樹高

前々から家の庭の奥にあるカラマツの高さがどのくらいかを知りたかった。
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江戸時代の数学書である「塵劫記(じんこうき)」なるものを見つけた。
この中には「たち木の長(ながさ)をつもる事」として、半紙を折った二等辺三角形で樹高を測定する図が掲載されている。
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45度の三角定規でまず水平に樹の根っこを覗いて、次に45度の角度で樹のてっぺんを仰ぎ見れるところまで後ずさりすればその地点から樹までの距離が樹の高さと同じになる。
なーるほど、これは簡単だ。
と思ったが、これは水平な土地で測るときには有効だが我が家のカラマツをつもるには土地が斜めになっていてダメだ。
ということで...
まず、カラマツの樹の根元から1mのところにちょっきり2mの長さの竹をくくりつけた。
ウッドデッキから竹の下の端が水平に覗けるところを探した。
水準器を見ながらやったが結構面倒くさかった。
後で気がついたが「塵劫記(じんこうき)」の挿絵を見ると二等辺三角形の半紙の隅に錘が見られる。
これで水平を見たんだ...と感心のいたり。
今度は分度器付きの定規で竹の上の端が覗くことのできる角度を測った。
次は樹木のてっぺんを覗ける角度を記録。
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計算結果は次の通り。
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このカラマツの樹高はほぼ23mでありました。
この「塵劫記(じんこうき)」は1627年吉田光由の編纂。
当時の日常生活に必要な算術すべてが網羅されており、江戸時代の数学書のミリオンセラーであったそうだ。
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by hanaha09 | 2012-08-26 17:57 | 田舎暮らし | Comments(0)

Chikin Ramen

Nissinと前に付けばチキンラーメンの商標だ。
テレビを見てるとやたらラーメン博物館とかチキンラーメンの話が出てくると思ったら...
1958年(昭和33年)の本日はラーメン記念日、大阪梅田の阪急百貨店でチキンラーメンの試食販売が始まった日だそうだ。
小学校の頃からよく食べましたね。
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近くの魚屋の冷蔵庫の横に並べて売っていた。
腹をすかした餓鬼には何事にも代え難いご馳走だった。
中華模様(雷門紋というらしい)のついた器に入れてお湯をかけ、あとは蓋にお盆を使って3分間待ったのだ。
卵なんてものは当然無かった、チキン味なんて知る由もなかったので塩辛かったことだけの覚えがある。
昭和も40年になって、南西諸島を巡ったことがある。
沖永良部島で食堂へ入った。
ラーメンを注文するとお湯のかかったチキンラーメンが出てきた。
なぜかきゅうりの薄切りがラーメンの上に乗っていた。
間に合せでは無い、正式のメニューであったに違いない。
数年前にはスイスのユングフラウヨッホへ行ったことがある。
頂上のレストランでコーヒーを飲んでいると、アジアの人と思しき団体がやってきた。
順番に並んでカップヌードルの蓋を開けてカウンターのマスターにお湯をそそいでもらっていた。
カップヌードルにはたしか「辛」と書いてあった。
Chikin Ramen、Chicken ...ではない、世界中に行き渡った日本発の食文化なのです。
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by hanaha09 | 2012-08-25 21:04 | 田舎暮らし | Comments(0)

私にさわらないで

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帆掛け船のような形をした黄色い花ということでキツリネフネ(黄釣舟)という名前がつけられた。
学名は Impatiens noli tangere 。
属名Impatiensは「こらえきれないもの」という意味。
小種名noli tangereは「私にさわらないで」。
この花の学名は「こらえきれないの、私にさわらないで」となる。
英名はTouch me not.フランス名はNe me touchez pas、いずれも「私にさわらないで」。
果実が熟すと、ホウセンカなどと同様に触れると弾けて種子が飛び散るように拡がる。
世界各地で「触らないで!」ということになった。
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環境省のレッドリストにはないが、以下の都道府県でレッドリストの指定を受けている。
絶滅 - 鹿児島県、絶滅危惧I類 - 佐賀県、長崎県、危急種 - 千葉県。

花言葉も「私にさわらないで」とあった。
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by hanaha09 | 2012-08-24 20:41 | 田舎暮らし | Comments(0)

現の証拠

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ゲンノショウコの名前の由来。
古くから下痢止めの妙薬とされていて、古くの書に小野蘭山(おのらんざん)が記述した「本草網目啓蒙(ほんぞうこうもくけいもう・1803)」には「根苗ともに粉末にして一味用いて痢疾を療するに効あり、故にゲンノショウコと言う」という記述があり。
そのことから「現に良く効く証拠」となった。
別名がイシャイラズ タチマチズクサ テキメンソウ 痢病草 医者泣かせ...
日本には古来より日本独特の薬草文化があった。
その薬草文化を「和薬(わやく)と言い、民間の間で細々と家伝、秘伝として伝えられてきたのだ。
夏に花が咲いているゲンノショウコの茎葉を全部採取して、水洗いを行い日陰干しにて乾燥。
乾燥したゲンノショウコ約10グラムから20グラムを水400ccから600ccの中に入れて弱火で15分から
20分程煎じて1日数回服用す。
ゲンノショウコに含まれる成分であるタンニンには整腸作用、下痢止め作用がある。
いくら飲んでも安全で副作用が無い、民間和薬としての一番の条件なのだ。
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by hanaha09 | 2012-08-23 20:56 | 田舎暮らし | Comments(0)

泰緬鉄道

映画「戦場にかける橋」で有名な泰緬鉄道の復活を計画、とのニュースをみた。
太平洋戦争中、日本軍はタイとビルマとをつなぐ全長415kmにもわたる鉄道を建設した。
この鉄道が、建設に従事し地獄の苦しみを昧わってきた人びとに「死の鉄道」と呼ばれた泰緬鉄道だ。
クエー川沿いの絶壁のような切り通しはハンマーと金てこだけで切り開かれた。
盛り土部分には膨大な土砂がただ"もっこ"だけで運ばれた。
目もくらむような絶壁にかけられた橋はすべて木材だけでつくられた。
はるか眼下には、クエー川がとうとうと渦巻いていた。
それでも、この泰緬鉄道の建設速度は、驚くほど速かった。
この鉄道を建設するために動員された連合軍捕虜および現地の強制労働者の犠牲者数もぼう大なものだった。
多くの犠牲を払ってまでも開通にこぎつけた泰緬鉄道は日本にとって大東亜共栄圏構想の最大の戦略でもあった。
ビルマ戦線への補給路であるとともにビルマの豊富な石油、タングステン鉱は喉から手がでるものであった。
既にアンダマン海、マラッカ海峡の制海権を失い、数少ない船舶での輸送にはバンコック経由で大幅な輸送期間の短縮が図られたのだ。
何度か訪れた鉄道第9連隊のあったカンチャナブリは今は観光地、外人観光客、若者たちで賑わう「戦場に架ける橋」。
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当時の建設風景が再現された「戦場に架ける橋」。
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クエー川に浮かぶ観光レストランからの「戦場に架ける橋」。
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そして、クエー川に掛けられた橋上に連合軍捕虜が取り残されたまま爆撃を加えた同胞の連合軍戦闘機。
まさに常軌を逸した中、歴史の血に染まった「泰緬鉄道」でもあった。
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by hanaha09 | 2012-08-22 17:52 | 田舎暮らし | Comments(0)