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あるちゅはいま日記

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雪の降る日は...

本日は朝から細雪。
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雪の降る日はサラリーマン川柳でも。

「妙案は 会議室より 喫煙所」
        読み人知らず
その通りでしたね、もう全く。

「便利です マスクで隠れる 大あくび」
        大和撫子
なぜかいつも眠かった。

「更衣室 社内情報 漏えい中」
        ポンタ
うわさに在りましたがいつも戦々恐々。

「座りたい 私の前だけ 何故立たぬ」
        痛勤快速
 まあよくも1時間半もかけて通勤してましたね。


江戸の天明時代にも風刺を効かせた狂歌が社会現象化したそうだ。
嬬恋村大笹宿の名主黒岩長佐衛門の下に身を寄せたことのある狂歌師大田蜀山人もこんな歌を残してます。

「酒のない国へ行きたい二日酔い また三日目には帰りたくなる」
         蜀山人
 三日目じゃなくその晩にはもう赤提灯の下に出掛けてましたね。

この蜀山人、1804年日本で始めてコーヒーを試した人でもあるらしい、次のように書き記しています。

「紅毛船にて"カウヒイ"というものを勧む、豆を黒く炒りて粉にし、白糖を和したるものなり、焦げくさくて味ふるに堪えず」

現代サラリーマンは「スタバ」のコーヒーを飲み飲み川柳に頭をひねるようになった。
蜀山人が聞けばどんな狂歌を詠むんでしょうね。
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by hanaha09 | 2011-02-28 13:30 | 田舎暮らし | Comments(0)

温泉の秘密

昨日は結構早く山を下りてきました。
で、小諸の南側にあたります布施温泉まで出掛けてみました。
中仙道望月宿の近く、浅間山を望む誠に閑静な小高い丘にありました。
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佐久市振興公社経営の公営温泉です。
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土曜日のせいもあるんでしょうか、老老男女で満員、超人気温泉です。
温泉満足度でも4つ星、なんですが「スーパー銭湯」との酷評も。
いやー、ちょっとぬるめの湯にジャグジーつきでなんともまったり。
疲れは吹っ飛びます。
PH=8.03、蒸発残留物3011mg/kgの塩化ナトリウム温泉、なめるとしょっぱい。

さてさて、我が家でこの温泉をまねて再現をしようとするならば...
今、我が家の風呂の水の量はケチって180L、溶解成分をすべて塩化ナトリウムとすると実に540g強、両手に山盛りいっぱいの塩をぶち込まなければならないことになります。
こんな計算をした人もあります。
入浴剤で有名な「日本の名湯」シリーズ。
一袋には温泉成分の硫酸ナトリウム、炭酸水素ナトリウムがおよそ20g入っているそうだ。
草津温泉の塩類成分量はだいたい4,000mg/kg。
とすると我が家の風呂には「日本の名湯シリーズ、草津の湯」を36袋を入れないと草津温泉にはならない。
ちなみに有馬温泉の温泉成分6,000mg/kgだそうですので54袋を入れないと追いつかない。

たとえ「スーパー銭湯」といわれても温泉効能、まねの出来ないすごいものがあります。
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by hanaha09 | 2011-02-27 12:14 | 田舎暮らし | Comments(0)

高峰山に登った

高峰山登山ツアーに参加させていただきました。
昨日とはうって変わって冷え込みましたね。
天気は良いんですが風が...
小諸市と嬬恋村の境界にある車坂峠からの登山です。
今朝はまだ誰も登っていないそうでよいしょよいしょと道つくり。
空気も薄いし心臓パクパクになりそうです。
しばらく登ると稜線にそった尾根道に。
そこにはすごい雪庇が待ち構えています。
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こんなところですべり落ちたら...まずは上がってこれない。
雪の中に穴を掘ってひたすら助けを待つこと、次の日まで。
怖いですね。
雪庇の向こうには雲に浮かぶ八ヶ岳、蓼科山。
本日はスペシャルで富士山も見ることが出来ました。
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急坂でひっくり返ったり、何やかやで標高2092mの頂上到着。
高峰神社が祭られています。
ご神体は積み重ねられた大岩、そしてその岩につきたてられた大きな矛。
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ここまで来る尾根の途中には標高2106mを記録するピークがあるらしい。
こんな矛をつきたてられると少々低くてもここが頂上ってことになった?
ぐるっと見渡せば西にはアルプスの山々、北には篭の登山、東には浅間、黒班山...
まさに青い地球。

実は車坂峠の標高は1973m。
頂上までの標高差は100mちょっとなんですが、なかなか侮れない雪の高峰山でした。
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by hanaha09 | 2011-02-26 21:52 | 田舎暮らし | Comments(0)

春一番

「♪もうすぐはーるですねー♪」
毎年同じことを書いてますが、今年は少し早いみたい。
ハルニレの大木が風に大きく揺れています。
気温は昼前ですがプラス6℃を超えてしまいました。
春一番の言葉がぴったりの日になりました。
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道端の雪が氷がどんどん融けてきます。
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そして融けた雪の下からは青々とした雑草が。
夏には厄介者になるんですが、この緑を見るとなんだかうれしくなってきます。
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雪が急速に融けるとちょっと困ることがおきてしまいます。
家の周りに大きな水溜り、浸水寸前になってしまいます。
地中はまだまだ凍ってますので雪解け水がしみこんでゆかないんです。
強風が吹けば地デジにブロックノイズが。
木々の枝が揺れて地デジ電波が寸断されたり、干渉されたりしてしまうそうです。
なぜかADSLも落ちて、再接続が必要になってきます。
早く「光の道」が来ないかな。
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by hanaha09 | 2011-02-25 11:14 | 田舎暮らし | Comments(0)

人力唐箕機

昔の町並みをボツボツと歩けば色んなものが見つかります。
長野原大津にあるスーパーの裏にひっそりとあります精米所。
その前に打ち捨てられた古びた機械。
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これは精米機ではなくて「人力唐箕機」。
玄米と籾殻を連続的に選別できる優れもの。
鋳物のハンドルを手で回して風を送る。
その風で軽い籾殻は横に吹き飛び、重い玄米は前の樋から出てくる仕組み。
姉さんかぶりで箕を振り上げてた作業に比べると各段に効率の上がる最先端装置。
原型機はすでに江戸時代に導入されていたそうだ。

現代は農家に一台ずつある小型のコンバイン。
これで稲を刈ればその場で袋詰めの玄米になる。
日本的な器用と便利さが米の競争力を奪ってしまった。
なんとも複雑な世の中です。
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by hanaha09 | 2011-02-24 18:41 | 田舎暮らし | Comments(0)

勘場木遺跡

時代は一挙に先史時代にさかのぼってしまいます。
真冬には白根おろしの猛吹雪が吹きすさぶ「犬塚峠」から旧草津街道をひたすら歩いて北上します。
田んぼの中になにやら変わった建物に看板が。
村のたたずまいにすっかり溶け込んでいます。
ここに群馬県指定史跡の「勘場木(かんばぎ)遺跡」が保存されています。
中は覗けるようになっており、確かに炉の跡やら柱の穴がうかがえます。
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昭和28年に村人が開墾をしようと掘り返すと何か変なものが出てきた。
「これはなんだべ」
ってことで発掘を進めると出るわ出るわ。
竪穴式の住居のあと、石器に土器に。
このあたりいったいが縄文中期の集落だった模様。
きっとこんな住居が建ってた?
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発掘された土器の模様を鑑定するとほとんどが信州方面の様式。
古代人たちは峠を越えてはるばる信州からやってきた、それともこの時代から行き来をしてたのかも分かりません。
この地では真冬に毛皮一枚の生活はさぞ厳しかったろう、と心配してしまいます。
が、ひょっとしたら真夏の避暑、お気楽別荘ライフを楽しんでたかも。
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by hanaha09 | 2011-02-23 14:19 | 田舎暮らし | Comments(0)

羽根尾城跡

吾妻川をほんの少しさかのぼり、本日は羽根尾城物語です。
JR吾妻線を羽根尾駅横の線路を北へ渡ると城跡へ続く山道となります。
のぼり坂は結構きつい、長野原城と同じ山城。
登りつくと狭い土塁、こんなところに本丸があった?
この北側の平地が本丸跡だという説もあります。
後ろの高圧電線の鉄塔がなんとも寂しく見えてしまいます。
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この土塁を下ると大きな堀切の跡がうかがえます。
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羽根尾城は戦国時代に入って羽尾幸全入道によって築城された。
浮かぶイメージは坊主頭の大男、この城を根城に広く権力をふるっていたそうだ。
お隣の嬬恋村三原の鎌原氏とは常々領地争いを繰り返していた。
鎌原氏は困ってしまってちょうど信州に勢力を伸ばしてきた武田信玄に泣きついた。
信玄はここぞとばかりに鎌原氏応援を約束した。
というのは痴話げんかのような領地争いを利用して上杉謙信の息がかかった吾妻路征服をもくろんだのであった。
そして真田幸隆に羽尾征伐を命じた。
ややこしいのがこの人間関係、鎌原氏も羽尾氏も真田幸隆いずれも信州の滋野一族出身。
おまけに真田幸隆は武田、村上、諏訪連合軍の信州佐久の海野平郷侵攻で追っ払われた際に羽根尾城で羽尾入道の庇護を受けていたこともある親子同然の仲。
その真田幸隆は永禄5年(1562)羽尾入道が万座温泉に湯治に出掛けた隙を見て居城を攻め落としてしまった。
かくして羽根尾、長野原は武田側真田幸隆の手に落ちた。
帰る城の無くなった羽尾入道は居城奪回を試みるもことごとく打ち破れ、岩櫃城の斉藤氏のところに逃げ込んだ。
武田、上杉の代理戦争に当たる翌年の長野原合戦に続くプロローグとなったのである。

あー、なんともややこしい戦国時代。
田んぼを耕す村人たちはほっちらかし。
なんだか今も国会議事堂では同じことが...
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by hanaha09 | 2011-02-22 13:55 | 田舎暮らし | Comments(0)

長野原合戦

長野原歴史散歩が続きます。
時は戦国時代、政治の中心は鎌倉、小田原。
東京のお江戸はまだまだ荒れ野原。
足利、古河、館林には関東管領が置かれていた。
この関東管領は越後上杉家が代々その役を担ってた。
甲州から信州へ勢力を伸ばした武田信玄はこの関東地区の利権に目がくらんだ。
警備の厳しい鎌倉、小田原を通ってゆくのはなかなか難しい。
考えついたのが信州上田から鳥居峠を越えて上州を抜けるルートであった。
当時、上杉勢にとってもこの吾妻路は越後と関東を結ぶルートのひとつでもあった。
この地は両陣営にとって重要な戦略拠点ともなっていたのである。

永禄5年(1562)武田信玄の密命を受けた真田幸隆が上杉家配下斉藤氏のものであった長野原城を落とした。
勝った真田幸隆の弟、常田隆永が入城し武田軍勢の最前線となった。
吾妻川下流の岩櫃城を居城としていた斉藤憲広は上杉謙信の応援を請い、長野原城の奪回を目指した。
そして永禄6年(1563)戦いの火蓋は斬って落とされた。
上杉応援団を含めて総勢800騎がいっせいにほら貝を吹き鳴らし鬨の声をあげた。
これにびっくり、常田隆永は吾妻川、須川にかかる伝説の琴橋、須川橋を切り落として敵の侵入を阻止しようとした。
が、斉藤勢は山の木を切り倒し、川に並べてやすやすと渡ってきた。
この辺は川といっても渓谷ですので大木があればいとも簡単。
大声をあげて川を越えてくる軍勢に、大将常田隆永は思わず山城から駆け下り川淵に出てしまった。
あえなく常田隆永は討ち取られ、屈強の要塞といわれた長野原城はまた上杉軍勢の手に渡った。
この西吾妻で最大かつ壮絶な長野原合戦跡が国道145号線沿いのこの諏訪神社境内であります。
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テレビドラマに出てくる風景にはほど遠い、村の分校の運動場くらいの広さ。
ここに800騎も集結すれば満員おしくら饅頭って感じです。
この頃の戦は、
1.農繁期にはやらない。兵はほとんどがパート務め。このとき長野原城の兵は不在、田んぼで稲の刈り入れをしてた。これが武田真田軍団の敗因。
2.総兵戦ではなく大将が討ち取られたり、ゴメンというとおしまい。
3.戦の後方から大軍の応援が来たりするともうあきらめて降参。
が普通だったとか。

斉藤憲広にとってはこの勝利が後々の滅亡につながってしまう、まさに戦国の世の中であった。その後、武田真田軍団は策略と謀略で上杉勢を窮地に追いやることとなり、斉藤憲広は越後に敗走、武田真田軍団は上州沼田まで吾妻路を広く支配することとなります。
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by hanaha09 | 2011-02-21 17:34 | 田舎暮らし | Comments(0)

長野原城址

吾妻川と白砂川(旧称須川、草津温泉から流れ出る酸性水の川-酢川が名前の由来)が交わる台地に広がるのが長野原。
北側に広がる急峻な山の尾根に築かれたのが長野原城(別名箱岩城)。
戦国時代には越後の上杉勢、甲州の武田勢の攻防がこの地で繰り返された。
永禄5年(1562)上杉勢の配下であり城主であった斉藤氏が上州侵攻の武田軍勢真田氏によって攻略された。
その翌年には農繁期の手薄な時期をついて再び斉藤氏側が奪還。
侍が田んぼに出掛けて戦争にならなかった?
と、思うとまもなくまたまた真田氏側が奪い返した。
その後草津の湯本氏が城主となったそうだが天正10年(1582)以降の変遷はまったく不明、廃城の時期も不詳。

登山口には瑠璃光薬師堂、ここが大手門。
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結構急なつづれ折の山を登りますとこの城の別名にもなっています箱岩出丸跡。
この箱のような岩も火山噴出物が侵食されたもの。
こんな上から石を落とされたり、矢を放たれたりするとまさに難攻不落。
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尾根にたどり着くとそこは本丸跡。
ちょっと驚くほどの狭さです。
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この尾根沿い700mにわたって出丸、物見台が連なっていたそうです。
こんな細い尾根をわらじの侍たちが走り回ったんでしょうかね。
食事は、水は、トイレはどうしてたんでしょう。
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物見台から鎖を伝わってがけを降りてくると「半増坊大権現」のお社。
半僧坊大権現の御神体は鼻高天狗だそうです。
厄難消滅、海上安全、火災消除、所願満足、信心の誠を尽くせば天狗様の霊験まことにあらたかとのこと。
浜松奥山の半増坊から分霊されたものです。
なかなかそれなりの雰囲気をかもし出しております。
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世界遺産にも観光名所にもなりそうにありませんが、なんとなく豊かな想像が出来る長野原の歴史遺産でした。
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by hanaha09 | 2011-02-20 14:05 | 田舎暮らし | Comments(0)

リスがやってきた

昨夜は雪明りの中きつねが通り過ぎた。
今朝はリスが次から次へとやってくる。
ちょっと大きさが違うようで別々に行動してるみたい。
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えさ台に結構居座って小鳥たちのひまわりのえさを横取りするわけです。
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灰色のしっぽがもこもこで、えさを食べるしぐさがとてもかわゆい。

こんな愛らしいリスを食べるお国があるそうな。
「クリームとウオルナッツを使ったフリカッセ(クリーム煮込み)が特に美味しい。
他にはスパイスを効かせたフライやグリル、シチューもおすすめだ。
でも一番人気はリス肉を使ったコーニッシュ・バスティ。
リス肉とジャガイモ、タマネギ、ベーコンにガリっと黒胡椒を効かせたミートパイだよ。」
大英帝国、コーンウオール州のとあるレストランのシェフ談。

イルカがクジラが...かわいそうと大きな声をあげるのもなんだか...
と、思ってしまいますね。
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by hanaha09 | 2011-02-19 10:28 | 田舎暮らし | Comments(0)