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あるちゅはいま日記

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ミヤマカラスアゲハに違いない

ノアザミの花にはいろんな蝶がやってくる。
今日はこんな蝶がやってきた。
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蝶々図鑑で見る限りミヤマカラスアゲハのようだ。
どうも♂の夏型。
花に留まると翅をバタバタ、蝶々だ。
蝶マニアによると「蝶の人気コンテスト」の類の企画ではほぼ確実に首位を占める種類なのだそうだ。
分布は狭くはないのだが、多数採取するのは容易ではないと言われている。
飼育がまた大変なようだ。
食樹となるキハダ、ハマセンダン、カラスザンショウを植えることから始めなけれなならない。
2年がかりで食樹を整えたのちに、ようやく母蝶を捕まえに行く。
8月の終わりに♀蝶を捕まえに行くのだが、♀を見つけたら1頭だけを採取して速やかに退散、用意しておいた食樹に袋を駆けて卵を産ますのだそうだ。
家の中では飼育が困難、病気になってしまう。
国蝶になりそこなったこの美しさ、まさに魔物なのだそうだ。




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# by hanaha09 | 2017-07-26 13:25 | 田舎暮らし | Comments(0)

ニワトコ酒説

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ニワトコ(接骨木)の実が赤くなった。
この実は小さいつぼみの時にはてんぷらにする、味も何にもないのでおいしいとは思わない。
この赤く熟した実は果実酒にしたり、西洋ではジャムにしたりするそうだが、そのままでは食べられたものでは無い。
毒があり、下痢をするとも言われている。
縄文遺跡の代表格である青森の三内丸山遺跡の低地からは大量の植物種子が出土した。
時の縄文人が利用し、捨てたものだと言われている。
クリやクルミなど様々な種類の種の中、最も量が多いものがニワトコの種。
お酒をこよなく愛する縄文研究家が、説くのがニワトコ酒説だ。
実を収穫し、乾燥した後決まった配合で煮出し、それを発酵させた。
捨てられた大量の種子はこれらの絞り滓と考えられる。
しかも、発酵した果実に集まるショウジョウバエのさなぎもたくさん出土した。
何かしら発酵生成物を造っていた可能性は非常に高い。
また、縄文土器はぶくぶく泡が出る酒造りには最適の格好をしてるという人もいる。
縄文の美食家にはやはり美酒もなければ完璧とは言えなかったに違いない。






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# by hanaha09 | 2017-07-25 10:55 | 田舎暮らし | Comments(0)

鹿沢園地は花いっぱい

鹿沢園地の野草園、花盛りだった。
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手前右がギボウシ、黄色いのがキンバイソウ、向こうの方の白いのがカラマツソウ。
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クガイソウ。
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これはコオニユリだろう。
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ノアザミ。
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オカトラノオ。
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キリンソウ。
まだまだあるが飽きてしまうので、このへんでお終い。



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# by hanaha09 | 2017-07-24 13:00 | 田舎暮らし | Comments(0)

タダモンキ

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ミヤマモンキチョウではない。
この辺には幼虫の食草、クロマメノキはない。
ミヤマモンキチョウは少し小型、これは少し大きい。
翅の縁取りがきれいなピンク色ではない。
タダモンキと呼ばれるモンキチョウだ。

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# by hanaha09 | 2017-07-23 17:01 | 田舎暮らし | Comments(0)

梅雨が明けると暑くなった

ここは22℃を少し超えるくらいだけど...日本全国暑いねぇ。
猛暑だねぇ。
時をさかのぼった江戸時代は「小氷河期」、平均気温は2から3℃ほど低かったようだ。
と、いっても扇風機もクーラーも冷蔵庫もない。
暑い夏をどう過ごしたのだろうか。
江戸時代の人たちは基本的に暑い日中には働かない、涼しい朝の内や夕方に仕事を済ませた。
ご飯は涼しい朝の内に一回だけ焚く。
夕方になれば庭にたらいを出して行水。
その後は浴衣1枚で夕涼み。b0126549_12044681.jpg
団扇が虫よけを兼ねて大活躍。
栄養のある「ウナギのかば焼き」などが好んで食べられた。
「冷やしそうめん」、「ところてん」なども定番だ。
甘酒も夏のもの、滋養強壮の栄養ドリンクだ。
風鈴を軒先に掛け、耳からの涼しさも取り入れた。
竹の棒にコケを縛り付けて「しのぶ」を這わせた「釣りしのぶ」、これは自然のクーラーそのものだ。
「水かけて 夜にしたりけり 釣荵(つりしのぶ)」と、一茶もお気に入り。
夜に出かける花火大会やお化け屋敷は夏のレジャー。
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なんとも粋な江戸の夏の過ごし方だ。




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# by hanaha09 | 2017-07-22 12:14 | 田舎暮らし

シキンカラマツソウが咲いた

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シキンカラマツソウが咲いた。
これも実生で育てたやつだ。
これは足掛け3年ほど。
紫金唐松草と漢字で書かれる。
このシキンアラマツソウもカラマツソウと同じく花弁が無い、紫色の花弁のようなものは萼。
黄色のは雄しべ、紫と黄色で紫金唐松草となる。
紫銀唐松草ってのもあるらしい、紫と銀なので雄しべの色は白なのだそうだ。
花もいろいろ、人も人生もいろいろ...


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# by hanaha09 | 2017-07-21 09:08 | 田舎暮らし | Comments(0)

アキアカネの避暑

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黒斑山山頂付近のコメツガの枝に羽を休めるトンボはアキアカネ。
アカトンボなのだが赤くない。
アキアカネの一生をたどってみよう。
秋から初冬にかけて、稲刈りの終わった田んぼの水たまりに卵が産み付けられる。
卵は泥田の中で冬を越す。
そして春、田んぼに水が張られると孵化し、ヤゴ(幼虫)となる。
田植え直後に大発生するミジンコを食べどんどん大きくなる。
初夏の夜、イネの茎などによじ登って羽化する。
羽化したアキアカネは小動物を捕食し、エネルギーをため込む。
その後、群れを成して3,000mくらいの高地や山岳地帯に一挙に長距離移動をする。
アキアカネは活動中、体温が外気温より10-15℃ほども上昇するが、高温時の排熱能力はとても低い。
そのため暑さに弱く、気温が30℃を超えると生存が難しくなってしまう。
高原や山岳地帯はアキアカネの避暑地なのだ。
酷暑の年はもっと高く、冷夏の年はほどほどの標高の地にとどまる。
避暑地で十分成熟した成虫のアキアカネは、体色が橙色から鮮やかな赤に変色し、アカトンボになる。
通常秋雨前線の通過を契機に大群を成して山を降り、平地の田んぼに舞い降りる。
オスは朝にメスを探しながら飛び回り、メスを見つけると捕まえて交尾を行う。
また、田んぼの水たまりに卵を産み付ける。
最近はこのアカトンボが激減した。
どうも、イネの育苗箱に使う殺虫剤が原因とも言われている。



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# by hanaha09 | 2017-07-20 14:10 | 田舎暮らし | Comments(0)

黒斑山に登った

久しぶりの黒斑山だ。
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槍ケ鞘からの浅間山だ。
こちら側は2万4300年前に山体崩壊を起こした黒斑山だ。
左の絶壁はその際の名残の崖、すごいね。
ここを左にずーっと登っていくとトーミの頭(かしら)、絶壁の上だ。
お頭が遠くを見たというトーミの頭、怖いのぅ。
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そして、間もなく黒斑山2,404mの山頂だ。
下を見下ろすとこんな感じ。
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この下のあたりが黒斑山の旧火口のようだ。
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蛇骨、仙人、鋸岳と続く黒斑山カルデラ、山腹には黒斑山の地層がくっきり。
2,800mほどの標高を持つ、成層火山だったと発表されている。
が、嬬恋村では昔から語り続けられている。
この黒斑山、富士山よりも高かったに違いない、と...
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# by hanaha09 | 2017-07-19 16:26 | 田舎暮らし | Comments(0)

シモツケソウの花が咲いた

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「淡々と下野草の群れて咲く」
桃源郷のような花模様だ。
下野の国で発見された「シモツケ」という木の花がよく似てることから草である「下野草(シモツケソウ)」と呼ばれるようになった。
栃木県の県花はなぜか ヤシオツツジ、シモツケでもないシモツケソウでもない。
シモツケソウは下野の国とは関係がないという人いるし、いや下野の国でこの花を良く見かけるのだという人もいる。
また、平安時代の随筆「枕草子」にも「しもつけの花」が登場する。
この花は、「草の花」の一種として挙げられてるのだそうだ。
とすると、昔からあったのは「シモツケソウ」で「シモツケ」ではない、ということにもなる。
なんともややこしいのぅ。
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# by hanaha09 | 2017-07-18 21:13 | 田舎暮らし | Comments(0)

キバナノヤマオダマキ

南へ向いて500mも行くと、鎌原用水の水源地へ行きつく。
天明3年の浅間焼けの際には火口からここまで溶岩流が流れてきた。
浅間山のマグマは安山岩質、二酸化ケイ素分が多く粘度が高い。
水あめ状態で流れてきた熔岩は冷えて固りながら、ブロック状溶岩となった。
この熔岩の最先端では30mから40mほどの高さに積みあがって、その流れをとどめた。
湧水地点の真上にかぶさった大量の灼熱の熔岩は湧水を温泉に変えてしまった。
大笹村の名主、黒岩長左衛門は大笹までおよそ6kmを引き湯した。
20年ほどたつと熔岩は冷え、温泉は元の湧水に返った。
今では1日10,000m3とか20,000m3とか言われる量の湧水が嬬恋村水道の水源となり、残りは鎌原村まで今も流れ続けている。
その敷地内にここ最近見られるのがこれ。
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自然発生したキバナノヤマオダマキ(黄花山苧環)の群落だ。
左下にぼやつと写ってるのは金網だ、水源地の敷地は立ち入り禁止だ。
オダマキとは昔、麻糸を巻いた管のこと、距の立った花の形がこれに似ているのでこんな名前がついた。
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このあたりではこのキバナがほとんど。
なんとも清楚な花の姿だ。
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# by hanaha09 | 2017-07-17 10:32 | 田舎暮らし | Comments(0)