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あるちゅはいま日記

hanaha09.exblog.jp

2017年 09月 16日 ( 2 )

水と安全はタダではなかった

嬬恋村村営水道の主な水源はここから南へ500mほど上がった、浅間山からの湧水だ。
冷たくて、おいしい水がふんだんに味わえる。
江戸の町には、冷たい水を入れた荷台を担ぎ、街中を次のような呼び声で売り歩いていたのが「冷や水売り」だ。
「氷水あがらんか、冷(ひやつこ)い。
汲立(くみたて)あがらんか、冷(ひやつこ)い」、と。
実際は生ぬるい水だったと思われるが料金は一杯四文、注文によリ砂糖や白玉も入れたそうだ。
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また、「水屋」という商売もあった。
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世界一ともいわれる神田上水・多摩上水という水道システムが構築されていた江戸でも、隅田川から東の墨田・江東区地区はいくつかの川を横断しなければならないので水道の恩恵にはあずからなかった。
このあたりは井戸を掘っても塩気で飲めるようなものでは無かった。
そこで登場したのがこの水商売。
江戸市中を給水された玉川上水は、日本橋川に架かる”一石橋"脇で余り水を川に滝のように排水していた。
同じように神田上水も一石橋の隣、”銭亀橋"脇で余り水を排水していた。
この余り水を船に積み込んで深川、本所方面に運び「水屋」が各家庭に配っていたのだ。
天秤棒で担ぐ桶2杯でこれも四文、十六文のそばの価格の4分の1、利の薄い商売だ。
それでも、得意先が決まっていたので「水屋」のほうでも、どの家でいつごろ水が不足するかを把握して、留守には水を配って置かれた代金を頂くという、命を繋ぐ商売だった。
日照りが続くと余り水が少なくなり、4文の水が100文を越えた事もあったと言われている。
日本でも「水と安全」は昔からタダではなかった...
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by hanaha09 | 2017-09-16 19:09 | 田舎暮らし | Comments(0)

江戸時代のミサイル?

埼玉県秩父市吉田にて毎年10月の第二日曜日に開催される「椋(むく)神社の龍勢」祭りがある。
椋神社例大祭に奉納する神事として発射される、代々伝承されてきた農民による手作りロケットだ。
と言ってもなかなかの迫力。
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その起源には諸説がある。
・「日本武尊が奉持した鉾より発した光のさまを尊び、後世椋神社氏子民が光を飛ばしご神意をなぐさめ奉った。」という説。
・「戦国時代の頃、ノロシ(狼火)から土地の農民が考案し、その後改良された」とも。
天正3年(1575)に「龍勢」を打ち上げたという椋神社社伝があるが、定かではない。
まさに農民たちの知的好奇心のなせる五穀豊穣・天下泰平を願う伝統打ち上げ行事であった。
「龍勢」の資料を垣間見たアメリカ航空宇宙博物館の局員、「もしも世界中の物理学者が吉田の龍勢を知っていたら、宇宙ロケットの歴史はもう10年早く始まっていただろう」、と。
今、ミサイルで話題のどこかの国もノウハウを盗みにやってきてたかもわからない。
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by hanaha09 | 2017-09-16 09:15 | 田舎暮らし | Comments(0)