ブログトップ

あるちゅはいま日記

hanaha09.exblog.jp

2017年 09月 03日 ( 1 )

蕎麦

天明3年の浅間押し出しで埋没した鎌原村の集落、昭和54年に村はずれの1軒の農家が発掘された。
この農家から出てきたのが陶器、磁器を合わせた食器類、この中に三つ揃った「蕎麦猪口」が含まれていた。
「蕎麦猪口」とは、「切りそば」用の出汁を入れるもの。
天明3年当時にはこの麺状にした「蕎麦切り」」は江戸の庶民に大流行、そのうち全国的に広まっていったと言われている。
b0126549_21384541.jpg

江戸で花開いた文化がこんな山中に伝わり庶民が謳歌していた証左だ。
ところがこのころにまとめられた農業指南書とも呼ばれる「百姓伝記」にはこうある。
「そば切りは田夫のこしらへ喰うものならず」、蕎麦切りを禁止されている農村が少なからずあったようだ。
どうも、身分によって「蕎麦切りを食すべからず」という理不尽な不文律があったと想像される。
そんな田舎の村では、「蕎麦がき」や「そば餅」が主として食べられていた。
b0126549_2138879.jpg

鎌倉時代からあったと言われるこの「蕎麦がき」、蕎麦粉をお湯を加えて塊状にして食べるもの。
もちょっと前の源平合戦の後、四国の山中に逃れた平家の落人が京の都を慕いながら食べたという「蕎麦米雑炊」。
b0126549_2137011.jpg
蕎麦の実を丸のまま汁に入れたもの、具材には山の野菜にヤマドリの肉などを入れた。
今頃はスダチの一絞りを加えると言うことの無しの美味三昧だ。
[PR]
by hanaha09 | 2017-09-03 21:41 | 田舎暮らし | Comments(0)