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あるちゅはいま日記

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消えた牧水像

「みなかみ紀行」の若山牧水は草軽電鉄(当時はまだ蒸気機関車が走り、草軽軽便鉄道と呼ばれていた)嬬恋駅前旅館に逗留したのち、自動車で草津温泉へ向かった。
「上野の 草津に来り 誰も聞く 湯揉の唄を 聞けばかなしも」 と詠った、翌日には沢渡温泉に弟子と共にいよいよ徒歩行の出立。
ところが六合村にある「花敷温泉」の由来について興味を持った牧水は急遽コースを変更、「関晴館」に宿泊。
「ひと夜寝て わが立ち出づる 山かげの いで湯の村に 雪降りにけり」
もう10月の半ばすぎ、小雪ちらつく温泉に花を敷くように影を映す山の紅葉に心打たれたことだろう。
そして、六合村中之条町との境にある暮坂峠に差し掛かることになる。
牧水、この峠道がいたくお気に入りのようだ。
いくつかの歌が紀行に挿入され、その句碑が今も峠のいたるところにある。
別に、この時の印象を詠った「枯野の旅」という詩も残され、これを刻んだ立派な詩碑と牧水の旅姿の像が、1957年(昭和32)峠に立った。
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「上野の草津の湯より澤渡の湯に越ゆる路名も寂し暮坂峠」と詠った。
牧水が通りかかった10月20日には毎年ここで、盛大な牧水祭が催され、牧水ゆかりの人々が集い,「枯野の旅」の詩の朗読があったりする。
昨年の夏の夜の事、37歳の旅姿の牧水像が足首を切断されどこかに持ち去られてしまった。
犯人は神奈川県の2人組で、間もなく逮捕されたのだが、像はすでに金属商に売られ、海外に流失した後だった。
犯人は「生活費の足しにしたかった」と、しかも峠を越えた日の牧水と同年代だった。
自然を愛し、旅をつづけ、その才を文字に刻み付けた牧水。
それをこよなく愛し、催しを続ける地元の方々...
銅像を切り取った人たちもさぞ心が痛んだことだろう。
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by hanaha09 | 2017-07-13 09:28 | 田舎暮らし | Comments(0)
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