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あるちゅはいま日記

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みなかみ紀行

「白鳥はかなしからずや空の青海のあをにも染まずただよふ/若山牧水」
明治後期から大正にかけて活躍した歌人、若山牧水。b0126549_16452457.jpg
自然主義の代表歌人であり、こよなく旅を愛し、また酒を愛した。
日本中を旅行し歌を残した、今も各地には歌碑が残されている。
また、紀行文も多くの人々に読まれている。
大正10年10月に沼津の自宅を立ち、長野県・群馬県・栃木県を巡り、11月に帰着する24日間の長旅の一部を綴ったものが「みなかみ紀行」として知られている。
若い弟子達と連れ立ってのほとんどが徒歩旅行、文中にその情景を歌った短歌が散りばめられている。
現在の地図にもこのルートはロマンチック街道と名付けられている。
牧水が軽井沢の蕎麦屋で友人たちと酒を酌み交わした夕刻、軽便鉄道で浅間高原を超えて嬬恋駅(芦生田)に着いたのは、大正11年の10月17日のことであった。
「この草津鐵道の終點=終点:嬬戀驛=嬬恋駅に着いたのはもう九時であつた。驛前の宿屋に寄つて部屋に通ると爐が切つてあり、やがて炬燵をかけてくれた。濟まないが今夜風呂を立てなかつた、向うの家に貰ひに行つてくれといふ。提燈を下げた小女のあとをついてゆくとそれは線路を越えた向う側の家であつた。途中で女中がころんで燈を消したため手探りで辿り着いて替る替るぬるい湯に入りながら辛うじて身體=体を温める事が出來た。その家は運送屋か何からしい新築の家で、家財とても見當らぬ樣ながらんとした大きな圍爐裡端(いろりばた)に番頭らしい男が一人新聞を讀んでゐた。」
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草軽電鉄「嬬恋駅」から軽井沢方面を眺めた昔のたたずまい。
左側に見える家々が旅館、後のカフェや茶屋、そして劇場のようだ。
牧水は小女と共にこの線路を渡って右側の家に風呂をもらいに行った。
宿屋は「嬬恋館」とある。
大正11年にはまだ吾妻川の発電所の建設が始まる前の年、「嬬恋駅」が蒸気機関車が走る草軽軽便鉄道の終点だったころだ。
なんとも言えないのどかな山の中の終点駅の光景だ。
そして現在の「嬬恋駅」付近のたたずまい。
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by hanaha09 | 2017-07-12 16:50 | 田舎暮らし | Comments(0)
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