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あるちゅはいま日記

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常林寺を訪れた

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群馬県吾妻郡長野原町応桑547にある常林寺。
鎌原氏の開基と言われる曹洞宗の名刹だ。
その歴史は古く、少なくとも13世紀前半(南北朝初期)にまで遡る。
もともとの常林寺今の場所より少し小宿川をさかのぼったところにあった。
この常林寺の伽藍は、天明3年の“浅間押し”によって跡形も無く消失してしまった。
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その碑には、
「當山常林寺にあっては狩宿村黒源宅に斎出向中の歓鳳住職と田代村に檀用泊まり込みの龍道僧を残し、折しも吾妻川から逆流した浅間泥流によって留守居の六人と川向う大地にあった堂宇一切を奪い去り全村流出の小代 小宿両村と命運をともにした。」
泥流は吾妻川から3kmほど離れた小宿川まで逆流したようだ。
寺も集落も畑もすべて押し流された。
災害後、常林寺は、流失跡の山際に仮家(草庵)を結び、荒廃した地域の救済に励んだが、寒風には耐えがたく、寛政2年(1790)今井村に仮の堂を建てそこに据拠を移した。
「斯くて今井村仮寺から二十余ヶ村檀信徒の汗血を注いだ伽藍再建の熱願みのる文政年間まで四十余年の苦難の歩みを辿った。」
そして、文政7年(1824)現在地に、間口九間、奥行き七間の本堂を中心とした伽藍を再建した。
常林寺再建を志した信徒たち各戸5人半のオテンマ(奉仕活動)と、542文の寄付金、別に毎戸日々2文ずつ3ヵ年にわたる拠出金を募ったのだそうだ。
堂の再建には、信州上諏訪の矢嵜国太郎が大棟梁としてあたり、「上棟銘」には、再建への苦心と造営の喜びが記されている。
嬬恋村の重要文化財に指定されている「享禄の経筒」も本堂に大切に保管されている。
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by hanaha09 | 2017-06-16 22:31 | 田舎暮らし | Comments(0)
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