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あるちゅはいま日記

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江戸のファミリーレストラン

江戸時代、享保年間(1716~1736)には、庶民も外食を楽しめるようになった。
もちろん、うどんやそばは、もっと早い時代からあった。
その30年後の宝暦年間(1751~1764)には、「煮売り屋」や「煮売り酒屋」が登場した。
おすいもの、煮さかな、さしみ、なべやき…その他に、たけのこめし、おでん、てんぷら、握りずし、うなぎの蒲焼きなどが庶民の外食屋、ファミリーレストランだ。
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しかし、挿絵を眺めてみても、家族揃って食事をしている絵が見当たらない。
圧倒的に男の客が多い。
男女のカップルもあれば、合コン風景のようなものもある。
子どもが描かれていない。
やはり、江戸は男が多く男社会だったからだ。
地方からの単身赴任の武士をはじめ、労働者も地方からやってくる。
単身者の人口が増えるということは、外食需要も増える。
瞬く間に一大産業となっていった。
そして、庶民の愛した二八蕎麦、
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寛政年間より幕末まで200年間十六文の値段は変わらなかった。
江戸の町民が宵越しの銭を持たずに飲み食いに遊行に楽しく過ごすことができた大きな理由だ。
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by hanaha09 | 2017-04-28 16:42 | 田舎暮らし | Comments(0)
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