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あるちゅはいま日記

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女大学

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「女大学」とは、今の女子大学のことでは無い。
江戸時代の初等教育用の教科書である往来物(おうらいもの)の一種。
著者不明、貝原益軒によって綴られたと言われるが、確証はないようだ。
明治初年までに11版を重ね、活字本による「女大学」が公刊されると、女子用の修身本として、第二次大戦終了時まで使用された。
この女大学の内容は、女として夫と家を支え、慎みを忘れずに女の道を極めよという倫理観のもと、親および舅・姑に対する孝、洗濯、裁縫等の家事労働、結納・結婚・出産・子育て、三味線などのお稽古、身だしなみのことなど多岐に渡っている。
江戸時代と言えば男尊女卑と思われるが、それは家長制度にあったようだ。
つまり家長たる主人は一家の営みを統率する責任があったからだ。
しかし、上杉謙信の女性説に始まり今話題の大河ドラマも女城主のものだ。
縄文時代にさかのぼれば、当時の申酒を飲んだのは女性、神に一番近づいたのも女性、男は狩りと称して近在の村に種をばらまいていただけだ。
「女大学」のまとめには...
  女(をんな)は、唯(たゞ)、和(やわら)き、順(した)かひて、静(しづか)なるを淑(よ  し)とす
いつの時代も同じようで...
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by hanaha09 | 2017-04-23 21:11 | 田舎暮らし | Comments(0)
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