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あるちゅはいま日記

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身護団子

1873年、今から234年前の8月5日のこと、浅間山の大噴火により土石なだれが発生した。
火口から12km離れた浅間山北麓、鎌原村に襲い掛かった土石なだれは村を一飲み、なにもかも流され村は土石に埋まった。
高台にあった観音堂に逃れた着の身着のままの村人93名のみが命を永らえた。
家族を失い、家を失い、畑を失い途方に暮れた村人は、周りの人々の援助、加護によりこの村の再建に立ち上がった。
「妻亡き人の妻になり、主なき人の主になり。。。」と前代未聞の家族再構成を図り、村の再興に取り掛かった。
そして、10月の末には7組、12月の末には3組の新しい家族が誕生した。
何にもない祝言の席の取り肴として、近在の村人たちから届けられたのが味噌をつけた団子だった。
鎌原村の村人たちはこれが自分たちの身を守ってくれ、また村の再建の原動力につながったんだということで「身護団子」と名付けた。
いつから始まったかはわからないが、彼岸に団子をお供えし、みんなで食べるという習わしが鎌原村に伝え続けられた。
彼岸の入りの今日、朝から村の古老をはじめとする鎌原奉仕会の人々が観音堂へやってくる。
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村人たちが持ち寄った米粉(今年は20kgほど)をいろりで沸かした湯でこねて団子を作る。
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団子は外にしつらえたかまどで蒸かされる。
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蒸かされた団子はなぜかドライヤーで風を当てて冷やされる。
表面がツヤツヤに光ってる。
1個いただいた、ほのかに甘い、うまい。
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そしてこの団子は竹串に6個ずつ刺される。
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この竹串を6本、かやの枯れた茎を束ねたものに巻き付ける。
片方の側は団子の無い背中だ。
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十字の竹串に刺された団子をかやのたば(わらしべ...これをみごともいう)の上部に差しこむ。
最後に△形状の団子を頂部に差しこんで出来上がり、これはすっかり人形だ。
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土石流で亡くなられた村人たちの供養でもあるに違いない。
その後は、観音堂の須弥壇に飾り付け、読経が始まる。
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最後には浅間山大和讃の唱和で彼岸の入りの行事は終了。
お供え物を携える若いご夫婦も...
観音堂のまわりでは落ち葉掃除をするお年寄りたちも...
遠くから訪れる参拝者の方々に最高の「おもてなし」を構えようとする鎌原村の人々。
後世までも伝えていかなければならない村の伝統文化だ。
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by hanaha09 | 2017-03-18 20:56 | 田舎暮らし | Comments(0)
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