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あるちゅはいま日記

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今日も異国人の見たジパング

ヘンリー・ヒュースケン、日米修好通商条約(1858年 安政5年)調印の際の米側全権使節ハリスのオランダ人通訳。
1856年よりハリスの秘書も務めていたが...
1861年芝の薪河岸(今の東麻布)のあたりで薩摩藩士に襲われ翌日死亡した、28歳だったそうだ。
幕府は慰労金として洋銀一万ドルを残された家族に支払い、事件の落着を図った。
この優秀なヘンリー、なかなかのスケベ。
たびたび混浴の湯屋を覗き見に行ったらしい、市中の町民も大いに迷惑。
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たまらずやくざの一人が刀を取り出し脅かした、との記録もあるらしい。
このスケベ男は調印のため下田から江戸城を訪れてこう語っている。
『日本の宮廷は、たしかに人目を惹くほどの豪奢さはない。廷臣は大勢いたが、ダイヤモンドが光って見えるようなことは一度もなかった。わずかに刀の柄に小さな金の飾りが認められるくらいだった。シャムの宮廷の貴族は、その未開さを泥臭い贅沢で隠そうとして、金や宝石で飾りたてていた。しかし江戸の宮廷の簡素なこと、気品と威厳をそなえた廷臣たちの態度、名だたる宮廷に栄光をそなえる洗練された作法、そういったものはインド諸国のすべてのダイヤモンドよりもはるかに眩い光を放っていた。』
湯屋の江戸美女の輝く肌に眩い光をみい出していたのかもわからない。
何しろ、西洋美人はきれいなようで近くでよく見れば毛だらけだ。

そして、同じころにイギリスからやってきたスコットランド人園芸家のロバート・フォーチュン。b0126549_16481116.jpg
『馬で郊外のこぢんまりした住居や小屋の傍らを通り過ぎると、家の前に日本人好みの草花を少しばかり植え込んだ小庭を造っている。日本人の国民性のいちじるしい特色は、下層階級でもみな生来の花好きであるということだ。気晴らしにしじゅう好きな植物を少し育てて、無上の楽しみにしている。もしも花を愛する国民性が、人間の文化生活の高さを証明するものとすれば、日本の低い層の人々は、イギリスの同じ階級の人たちに較べると、ずっと優って見える。』
日本人の美の感性ってのは本当にすごい。
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by hanaha09 | 2017-03-10 16:55 | 田舎暮らし | Comments(0)
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