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あるちゅはいま日記

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福寿草

毎年、このころになるとどうしても目につく、この辺のモノトーンだった長い冬から目覚めた鮮やかな金色だ。
「福寿草」の花が開いた。
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外来種のようだが大昔から日本列島に育つ植物だ。
「福寿草」の栽培は、江戸時代元禄年間から広まったと言われている。
『花壇地錦抄』(1695年)に、「福寿草  初中  花金色、葩多く菊のごとし。葉こまかなる小草なり。花朝に開き、夕にねむり、その花又朝にひらきて、盛り久しき物なり。元日草共ともふくづく草ともいう。祝儀の花なり」とある。
「福」と「寿」の二文字が入っためでたい花だ。
そして、江戸時代の園芸ブームには金生樹「かねのなるき」と記され、法外な値段で売買されていたのだそうだ。
「浅黄福寿草」の値段を探すと弐朱とある。
この値段は、二万五千円と換算されるのだそうだ。
「福寿草」は花色が彩なだけではなく、咲き方にも微妙な変化を見せる。
ちょっとした環境の変化に敏感で、日中でも日が翳ると1~2分で花を閉じ、再び日が当たると、いつの間にかまた開いている。
明治に入り、一部の愛好者は栽培を続けたものの、江戸時代のような幅広い人気は失われてしまった。
さらに、昭和に入り、戦争が始まると、「福寿草」は根と茎が有毒、食用にもならず、不要不急の植物とされた。
終戦直後には栽培は壊滅的、今に至っては日の当たる野原で見かけるのみだ。
江戸町民たちの繊細な芸術感覚は散切り頭と共にどこかへ打ち捨てられてきたたようだ。
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by hanaha09 | 2017-03-08 15:39 | 田舎暮らし | Comments(0)
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