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あるちゅはいま日記

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日本人の好奇心

太平の 眠りをさます 正喜撰(じょうきせん) たった四はいで 夜も眠れず」
日本列島は上を下への大騒ぎと一般的には言われている、が、どうやら、右往左往していたのは、幕府のお偉方たち。
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そして、ペリーたちは翌年に再度江戸湾にやってきた。

庶民は「驚き」という物でもなく、煙りをはいてはボー、ボーと大きな音をだしているという黒船を一度は見てみようとお祭り気分、

「さあさあ、仕事さ、かたづけて、見にいくぞ!お前たちも、早よう、手伝えよー」 上大岡の高台が、見晴らしも良く絶好の見物場所になった。

黒船は湾内で数十発の空砲を発射した。

無論、日本を脅す為に行ったものであり、最初の砲撃によって江戸は大混乱となった。

やがてそれが空砲だと知ると、庶民は砲撃音が響くたびに、花火の感覚で喜んでいたようだ。

おだんごや、お茶を売る者までが現れて、いっそうにぎやかになった。

なかには、小舟を漕ぎ出して黒船のそばへ行き、乗員との物々交換で珍品を手に入れようとしたり、外国人相手に商売を始める者もいた。

そのうち、「異船見物無用」の立て札まで建った。

黒船には幕府代表団も招かれフランス料理をごちそうになった。

帰り際には、様々な料理一緒くたに懐紙に包んでもって帰ったのだそうだ、おそらく各家庭で皆が恐る恐る味見をしたことだろう。

西洋文明の最先端を日本人たちに見せつけようとしたペリー、「わが国の独創的な発明品の数々を展示すると、彼らはあの手この手で飽くなき好奇心を満足させようとした。日本人にとっては、どの展示品もこの上なく珍しかったに違いないが、それをこと細かに観察するだけでは気がすまず、士官や乗組員らの後をついてまわり、機会さえあれば衣服に触ってみようとする」

「乗艦を許された人々も同じように詮索好きで、近づけるところなら隅々までのぞき込み、あちこちの寸法を測ったり、目に触れるものはなんでもかんでも独特の流儀で写生したりする」。

と、日本人の好奇心の強さに感嘆したようなのだが、なんのことはない、実は発明品の技術を盗もうとしたのだった。

こんな江戸庶民の好奇心が世界でも最先端の和算を編み出し、銀を折ったり曲げたりしてその品位を正確に吟味した銀座の職人などなど、日本の近代化の原動力であったに違いない。




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by hanaha09 | 2016-03-31 12:47 | 田舎暮らし | Comments(0)
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