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あるちゅはいま日記

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草津の湯

十返舎一九が「東海道中膝栗毛」を発刊したのが1802年。
江戸時代の旅行ブームの先鞭をつけた、そして1810年には「旅行用心集」なる庶民のための旅行情報誌、今の「るるぶ」だ。
家康の幕府が江戸に置かれておよそ200年、世の中は社会が安定、そして街道、宿場などの整備が進み、庶民の生活も向上してきた証拠だ。
なかでも人気の高かったのが温泉旅行だった。
湯治が目的でもあったが癒しの場でもあった。
上州は西の大関筆頭にランクされた草津温泉をはじめ多くの温泉に人気が集まった。
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「旅行用心集」には61か条の宿、道中、食べ物等の用心対策が語られている。
宿については「家作、雪隠、裏表の口を覚えておくこと古き教えにあり」、道中においては「山中や野道であった若い女性、女道ずれには挨拶をすれどもそれ以上の話をするべからず...」、また「道端や畑で作られているみかん、カキなどの果実はどんなに実っていても手を出してはならぬ」などなど。
温泉では「空腹のときには温泉にそのまま入るな、のぼせてしまう」「疲れた時には熱い風呂の入ると良い」「硫黄分を含んだ温泉が多い、大小の刀はさびてしまう恐れがあるから注意のこと」。
そして、古川柳に残された江戸庶民の温泉旅行。
「草津の湯 とかく女房は ふのみこみ」
草津は三大名泉の一つ、花柳病に効く湯治場として有名だった。
この湯治場に亭主が行くという、女房にとってはなんでそんなに遠い湯治場まで出かけなければならないか「ふのみこみ」理解できないのだった。
「ほしがって 嫁は遠くの 湯へ入り」
温泉の効用は子宝に恵まれると信じられていた。
わざわざ遠くまで温泉に行くのはなんで...というところ。
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by hanaha09 | 2016-03-30 23:14 | 田舎暮らし | Comments(0)
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