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あるちゅはいま日記

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江戸の肉食禁止令

今は平気で牛肉、豚肉、鶏肉が食卓に登る。
日本には何度か肉食禁止令が出されてきた歴史がある。
六七五年(天武四年)四月、天武天皇は「肉食禁止令の詔」を出した。
これは牛、馬、犬、猿、鶏といういわゆる五畜を指す。
牛は田畑を耕す、馬は人を乗せて働く、犬は番犬となる、鶏は時を知らせる、猿は人間に似ているからだとしている。
興味深いのが禁止期間は四月から九月までの農耕期に限定されていたことだ。
翌、天武五年には「放生令」が出され、捕った魚を水に返したり、飼っている鳥などを野に放つ行為が勧められた。
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敬虔な仏教国であるタイ王国ではこんな光景が今も見られる。
「人間でも動物でも、命を大切にして死を重くみることに違いはない」という仏教の教えに基づくものだ。
白河法皇の時代一一一四年には、京の町で小鳥や鷹を飼うことを禁じ、一一二五年には再び殺生禁止令を発布した。
皇室や神社に献上する以外の魚の捕獲を禁じ、違反者の魚網を没収して焼却してしまった。
そして、江戸時代には徳川幕府は何度か牛馬屠畜禁止令や肉食禁止令を出している、徳川綱吉の「生類憐れみ」政策だ。
このように肉食禁止令が繰り返しだされるということは、この令を破る輩が少なからずいたということだろう。
庶民の間では、イノシシ肉を牡丹、馬肉を桜、鹿肉を紅葉、鶏肉をかしわと称した。
他にも鶏は禁止だが鳥は禁止されていなかったので、ウサギを一羽、二羽と鳥と同じように数えて食ってしまったそうだ。
また、牛は「わか」と呼んだ、これは「牛若丸」に引っ掛けた隠語らしい。
そこまでしても肉を食べたい、という人々の情熱と知恵なのだ。
そして、鶏の卵は江戸の人気料理だった。
天秤棒の桶に卵を載せて「たまあーご、たまあーご」という売り声で街中を売り歩く「たまご売り」も現れた。
江戸時代の千七百八十五年(天明五年)に出版された「万宝料理秘密箱」(まんぽうりょうりひみつばこ)という料理本には「卵百珍」(たまごひゃくちん)なる卵料理も紹介されている。b0126549_1110476.gif
卵の水煮(ゆで卵)が一個二十文、当時は蕎麦が1杯十六文、高価な食べ物だった。
古来、鶏は神聖な動物と見られていたが、鶏が産んだ無精卵が孵化しないことから、「卵は生き物ではない」ということなのだそうだ。
うーん!
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by hanaha09 | 2016-03-20 11:16 | 田舎暮らし | Comments(0)
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