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あるちゅはいま日記

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太陽の塔とハート形土偶

大阪で万国博覧会が開かれたのが1970年。
この年に田舎から神戸に就活に出かけたのがもうこの老いぼれになった。
当時は入社試験に行くと交通費と日当が出た、金額は忘れた。
これを握りしめて訪れたのが日本で初めてのEXPO万博だった。
幕末にパリまで出かけた第二回万国博使節団と同じ、田舎学生にはこんな世界もあったんだという驚愕の連続だった。
記憶にあるのがまことに渋いセイロン国(もうない国だ)の本場紅茶、あとは次から次へと湧き出てくる人の波。
そして、テーマ館に突っ立つ異様な「太陽の塔」。
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一躍表舞台に立った製作者の岡本太郎、生命の進化を表現したオブジェ、モデルはカラス、モダニズム建築家丹下健三設計のテーマ館の屋根を突き破る石原慎太郎の「太陽の季節」からの命名説とか、様々。
岡本太郎は18歳より11年間パリでフランス語、哲学、民俗学、もちろん絵画、なんでも学んだそうだ。
ナチスドイツ軍のゲルニカにおける無差別攻撃を主題にした壁画「ゲルニカ」をパリの万博で目にしたのもこのころだ。
ナチスのパリ侵攻でやむなく帰国したのだが、中国戦線に2等兵として5年間の出征。
この間に残された絵はたったのスケッチ1枚だけだそうだ。
そして、博物館で見た縄文土器の強烈な表現に不思議なモノを感じたのだそうだ。
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これは吾妻町郷原遺跡で見つかった縄文時代後期のハート型土偶(国指定重要文化財)だ。
なんだか「太陽の塔」のイメージを彷彿させる。
岡本太郎は、万博のテーマ「人類の進歩と調和」に猛然と噛みついた、「何が進歩と調和だ!縄文土器のすごさを見ろ!今の人間にあれが作れるか」、と。
争いの無い、自然とともに穏やかに、そして生き生きと時を過ごした縄文人。
「太陽の塔」に人類の過去を、現代、未来に託したかったのかもわからない。
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by hanaha09 | 2016-03-07 22:42 | 田舎暮らし | Comments(0)
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