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あるちゅはいま日記

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江戸庶民の生活

江戸の庶民の財布事情はどうなってたんだろう?
野菜行商で生計をたてていた狭い長屋の"とっつあん"の例。
"とっつあん"はかあちゃんと子供二人家族。
朝野菜を仕入れて、日暮れまで棒降り、八百八丁を売り歩くのだ。
 野菜の仕入れ 600~  700文( 約9,000円~15,000円)
 売上   1,200~1,300文(約18,000円~20,000円)
 粗利600文(約9,000円)というところ。
"とっつあん"は帰宅すると日割りの店賃と翌日の仕入れを除いてコメ代200文(約3,000円)をかあちゃんに、みそと醤油代50文を追加。
子供のお菓子代に12文を渡すと、残りは100文~200文というところ。
2,3千円ですから、一杯やってしまえばおしまい。
宵越しの金はもたないのが江戸っ子、その日暮らしの生活だ。
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「金は天下の回りもの。なんとかならあな」
実は、江戸時代は究極の循環型社会。
太陽エネルギーが産んだ植物を衣食住に使い、何も増えないし何も減らない仕組みができていた。
なにか物を大量に消費して不足する、無くなるということがない。
物価はおおむね安定。
農村では自給自足、そして相互扶助。
将来の不安がなかった。
江戸の幕府は、最低限必要な法度等を定めるのみ、後は大衆の共同体の自主管理に委ねていた。
制度や法律でがんじがらめにしない庶民の生活第一の政策だったのだ。
かくして、安政5年(1858年)に大英帝国からやってきた英国エルギン卿使節団のシェラード・オズボーンがこういった。
「この町(長崎)でもっとも印象的なのは(そしてそれはわれわれの全員による日本での一般的観察であった)男も女も子供も、みんな幸せで満足そうに見えるということだった」。
テレビの国会中継を見ながら考えこんでしまった。
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by hanaha09 | 2016-02-22 13:24 | 田舎暮らし | Comments(0)
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