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あるちゅはいま日記

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江戸にもあった通販

江戸の町に矢ノ倉と称する米蔵があった。b0126549_22461613.jpg
薬研堀は隅田川から矢ノ倉に至るL字型の入堀として開削された。
1698年(元禄11年)、米蔵が火災に会い築地に移転すると、1771年(明和8年)、薬研堀は大半が埋め立てられた。
薬研(やげん)とは、漢方薬などをつくるとき薬を細粉にする道具。
これを用いる医者が住んだ医者町の通称、今の中央区東日本橋付近だ。
表通りに当たる「両国橋西詰め」は屋台や小屋掛けの店が建ち並び、江戸の5本指に入る繁華街だった。
その裏通り、薬研堀にあったのが「四つ目屋」。
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江戸見物に来た人々のうち、少なからぬ人がこっそり訪れたという薬屋らしい。
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広告ちらし右には阿蘭陀秘法方「長命丸」「喜女男散」と読める。
かの狂言師蜀山人によると「長命丸元祖明応年中にはじめて長崎へわたり寛永年中御当地にて売りはじむと両国米沢町四つ目屋が看板に見えたり。」とある。
「長命丸」とは、どうもヒキガエルの皮脂線の分泌物、アヘン、硫化水銀などを混ぜ込んだ一物に塗り込む「江戸のバイアグラ」。
江戸買物独案内に「四つ目屋」は薬屋の項目にはなく、小間物屋の項目にあった。
もうひとつの宣伝チラシにはこう書かれている、「日本一元祖 女小間物細工所 鼈甲水牛蘭法妙薬 江戸両国薬研堀四ツ目屋忠兵衛 諸国御文通ニ而(て)御注文之節は箱入封付ニいたし差上可申候」。
今もそっくりのアダルトグッズ通販が江戸にあったのだ。
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by hanaha09 | 2016-02-21 23:45 | 田舎暮らし | Comments(0)
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