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あるちゅはいま日記

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タバコ文化

うすら寒くて閑なので昼間から映画を見た。
プエルトリコへ出かけたアメリカ人の新聞記者が地元の観光開発業者の悪と戦う、というちょっと古い映画だった。
やたらとタバコを勧められたり、吸ったりで重要な会話が行われる場面が多かった。
昔はタバコがストーリーのわき役を果たしたようだ。
タバコが西洋に広まったのはコロンブスが西インド諸島に到達したのがきっかけ。
彼らインディアンはコロンブス一行にタバコをプレゼントし、一緒に吸うことを薦めたと記録に残っている。
タバコの喫煙はインディアンの有していた宗教的意味合いから、親睦の道具の一つへとかわっていった。
確かにタバコに含まれるニコチンには、不安感を取り除き、充足感を高め、共認回路に強く連動している伝達物質を遊離する作用があるらしい。
やがて、日本にはポルトガル人などによって鉄砲と一緒に持ち込まれたタバコ。
「初め蛮船の商夫、葉を巻いて筒を作り、ひちりき状の如くにし〜(中略)〜南蛮国煙管を伝う。これを幾世流(キセル)と号す」
江戸時代に入るとこのキセルがたちまち流行していった。
そして、江戸の匠たちは0.1mm幅もない、丸めると綿のような「細切りタバコ」を作り上げた。b0126549_1124818.jpg中には1mほどもある長さのキセル「花見きせる」も持ち歩かれた。
キセルによる喫煙は江戸っ子のファッションでもあった。
「たばこ道」なる喫煙の礼儀作法もできあがった。
タバコはお互いのコミュニケーション道具の一つともなった。
時代は駆け巡り、明治時代直前の慶応3(1867)年にフランスで行われた「第2回パリ万博」に幕府は初めて参加、会場の一角に茶屋を模した建物を作った。
この茶屋の前の縁台でキセルをくゆらせながら一服する日本人に、パリっ子は目をくぎ付けにさせられた。
葉巻やパイプでの喫煙しかなじみのなかった西洋人に衝撃的な”ジャポニズム”旋風が巻き起こったのだ。
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今でもパリでよく見かけるのがメトロのさくを乗り越えるキセル乗車。
これは”ジャポニズム”とは全く関係ない彼らの独自の文化だ。
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by hanaha09 | 2016-02-20 11:43 | 田舎暮らし | Comments(0)
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