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あるちゅはいま日記

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火事と喧嘩は江戸の花

江戸時代、関ヶ原の合戦が終わってからの267年間に、江戸では49回もの大火が発生したのだそうだ。
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大阪の6回、京都の9回に比べて飛びぬけている。
町民の住む下町は特に人口密度が高く、燃えやすい木造の家屋がひしめきあい、冬場には乾燥した季節風も大火の原因ともなった。
享保3年(1718年)には町奉行大岡越前の守忠相は「江戸の町は、江戸庶民の力で守らせる」と、町火消制度を創設した。
現在の消防団だ。
隅田川の西には「いろは48組」、東の本所深川には16組の火消組が発足した。
総勢およそ1万人、町火消に要する費用は、町費をもって賄うよう、それぞれの町会などに分担させた。
これが功を奏したのか町火消は、お互いに組の名誉をかけて働くようになり、纏をかかげて功を競ったのだ。
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科学的な消火方法がなかった江戸の町は、いったん火災が発生するとなかなか消火ができない、風下の家々を壊して延焼を防ぐ「破壊消防」が基本。
よって、火消がもつのは家を壊すトビ口などの道具が主体、で彼らの本業は鳶職、土方など...
町火消には町入用(町の予算)平人足で月に450~800文、纏(まとい)持ちで2000~3000文、当時の蕎麦代が18文でこの額はほんの小遣い程度。
しかし、「意気」で「いなせ」で「命知らず」、さらには纏振り、梯子乗 りの技術、木遣りなどを見せる町の火消したちは町民たちのヒーロー、ただ酒をふるまわれることもあったのだそうだ。

火災保険の請求書が来た、結構高いのだ。
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by hanaha09 | 2016-02-04 20:09 | 田舎暮らし | Comments(0)
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