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あるちゅはいま日記

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小さな政府

来年度の国家予算案は97兆円弱、今年度の補正予算案も3兆円強。
昨夜の「深層ニュース」には徳川宗家18代徳川恒孝氏がコメンテーターで登場してた。
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徳川家康の肖像画にも似た風貌で「良き大江戸」の考察をさわやかに述べられていた。
世界で260余年にもわたって戦いの無い平和な時代を過ごした江戸時代。
江戸時代の諸藩は独立国、江戸という都市は幕府の直轄地。
当時としては世界最大の100万人都市江戸。
治安を司る警察機構は、南北奉行所の下に与力が25騎(馬に乗ることが許されていたのでこんな数え方をする)、今でいうと警察署長兼検察官兼裁判官。
その下に同心が各100人、江戸の司法・行政・警察の任にあたった。
このうち警察業務を執行する廻り方同心は南北合わせて30名(必殺仕置き人の中村主水もこのひとり)、ここまでが幕府役人(現在の1000万人都市東京の治安にあたる警視庁職員数は4万3千人弱)。
あとの警察官は岡っぴき、その下の下っぴき、同心が私的に雇った民間サービス、その数は下っ引きまで含めても千人程度。
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その費用の工面は岡っ引きの裁量に任せていた。
それに加えて自身番・木戸番の制度があった。

そのほか、多くの行政サービスが民間に委託されていた。
商業上のトラブルに関しては株仲間が自主的に処理していた。
百万人都市江戸の清掃に幕府は関係せず、たまったし尿は練馬あたりの百姓が下肥として買い取っていた、肥沃な土壌で育った野菜は江戸に持ち込まれた。
また、隅田川などにごみを捨てることはご法度、江戸湾海岸に運ばれ埋め立て地の佃島ができた。
燃えるゴミは風呂屋の燃料にと、朝早くに風呂屋の小僧が集めた。
江戸の町は世界でも有数な清潔な都市だった。
庶民の教育は寺子屋が中心、魚屋は魚の字、植木屋は樹木の字、それぞれ個別の専門教育がなされていた。
大切な国防は各藩が担っていた。
このころの日本の人口はおよそ2千5百万人、1億ではなく2千5百万総活躍の時代。
幕府は究極の「小さな政府」だった。
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by hanaha09 | 2016-01-14 12:31 | 田舎暮らし | Comments(0)
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